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不登校復活の道(ブログ)

120 2021年のクリスマス

120 2021年のクリスマス

 

 

2021.12月末 
 
 
この頃は睡眠時間が激しく乱れていました。

 

16時に起きて、次の日のお昼、12時まで起きている(20時間起きている)、そこから4時間寝て、夕方から友人と遊ぶ。

 

友人と遊ぶ時間だけが楽しみなので、何とか起きるけれど、睡眠不足で、友人の前で落ち着かない態度になったり、無表情になったり、帰宅後に無理難題を言い困らせたりがあり、友人が不愉快にならないか、不愉快になり、もう来てくれなくならないか、と私がひやひやする。そんな事がよくありました。

 

明日、友達が来るから早く寝ておこう、と計画立てて、何かをする事が少しも出来ませんでした。 

 

今、どうしたいか、それだけ。

 

無理して長時間起きていて、情緒が不安定になった時の矛先は、私への無理難題か、下の子達への攻撃でした。 

 
 

 

2021年のクリスマス。 

 

我が家は各自欲しい物を紙に書き、壁に貼ってサンタさんが来るのを待ちます。 

 

下の子達はワクワクしながら、 

「何にしよう」 

とはしゃぐ中、長男はなかなか、書くことができませんでした。 

 

何度も、

「欲しい物ないの?」 

と聞いても、興味を示しませんでした。 

 

クリスマスが近づくと、 

「欲しい物がある、書きたい」 

と、用紙に向かい、鉛筆を持ち、いざ書こうとすると、字が書けない。 

 

本当に書けないようでした。 

 

リビングの床に紙を置き、正座をして用紙に向かう、鉛筆を持つ、深くため息をついて、鉛筆を紙に近づける、離す、溜息をつく、また書こうとする、そんな事を繰り返していました。

 

字が分からない、とかではなく、体が、字を書くことを拒否している、書こうとしても、手が動かない、そんな感じで、結局【大乱闘スマッシュブラザーズ】の【す】だけ書き、

 

「お母さん、あとは書いておいて」 

と、うつむいたまま言い、すぐに、ゲームを始めました。 

 

やる気がない、やりたくないではなく、本当に出来ない!そんな雰囲気でした。 

 
 

 

12月24日クリスマスイブ 

 

例年は子供達が深い眠りについてから、枕元にプレゼントを置いていました。 

 

今年は、長男が昼夜逆転しており、遅い時は朝7時でも寝ていませんでした。 

 

どのタイミングでプレゼントを置こうかな、と悩みました。 

 

予想は的中し、朝6時、長男は起きて、動画をみていました。 

 

「あー、どうしよう!プレゼントはまだ置けていない、下の子が起きちゃう!」 

「昨晩、楽しみに寝ていたし、どうしよー」 

 

結局、プレゼントは枕元には置けず、部屋のすぐ近くの廊下に置いて、下の子が起きたタイミングで、さり気なく室内に入れました。 

 

長男は前日、16時に起きており、彼にとっては朝6時は寝る時間であるのに、プレゼントの【大乱闘スマッシュブラザーズ】を始めると、そのまま食事もせず、ノンストップで20時までやり続けました。 
結局、寝たのは22時ごろです。ほぼ30時間、8歳の子が、ぶっ続けでゲームをしたことになります。 

 

集中力凄いな・・・ と、思う気持ちもありましたが、母親としては、

この子、大丈夫かな・・・ 

本当に、大丈夫なのかな・・・ 

ゲームにのめり込みすぎていないか? 

ゲーム障害なのかな? 

と、クリスマスなのに、もやもやした気分でした。 

 

その頃の長男は、本当に、もう生理現象として、脳が寝ないと無理です、となるまで起き続け、限界で眠る。そんな生活でした。 

 

周りは、ああしたらどう?こうしたらどう?体に悪いって説明したら?等、色々提案してくれましたが、本当に無理なのです。 

 

助言をされると、 

「私が一番それを望んでいる!そんなもん、出来るならやってるわ!」 

そんなふうに思ってしまう事もありました。 

 

不登校で生活が乱れている子は、本当にコントロールができません。 

 

周りが生活習慣を立て直そうとし、昼夜逆転を正そうなんて、出来るはずがないのです。 
 

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119 母親が元気になれば、回復する、と言う呪縛

119 母親が元気になれば、回復する、と言う呪縛 
 
 
 

不登校克服の本、ネット、相談所、色々な場面で、専門家が説く、

「まずは、母親が元気になる」 

「リラックスをして、笑顔でいる」 

「そうしたら、自動的に子供が回復します」

 

そんな言葉を何度も何度も目にしました。 

 

「おいしい物でも食べて」 

「好きな事をして」 

「母親がまず、元気にならなくちゃ」 

 

 
私は今でも、その意見には賛同できません。 

 

不登校児を抱えたお母さんが、どうしたら、笑顔になれるのか? 

 

そもそもが、母親が笑顔になれない、何らかの理由があり、それを感じ取り、子供は不登校になっているのではないか? 

 

そんなふうに思っています。 

 

我が子の場合はそれが大きかったと思います。 
 

 

 

私は、

「お母さん、楽しんで、おいしい物でも食べて、息抜きして、リフレッシュして」

等を言われ続けましたが、私が本当に不登校を受け入れるまでに1年以上かかり、その1年の間に、私自身がリラックスをするなんて事は、とても無理でした。 

 

リラックスはしようと思って出来る事ではありません。 

 

何をしていても、頭や心の奥の部分が苦しく、リラックスなど出来るような心境ではありませんでした。 

 

心が満たされ、心配材料がない時にしかリラックスは出来ないと思います。 

 

美味しいものを、食べたいという気持ちにもなりませんでした。

 

何をしていても、楽しくないのです。 

 

 

問題の程度にもよると思いますが、我が子は行き渋り始めから荒れ狂い、泣きわめき、手が付けられない程の状態でした。落ち着いてからも、昼夜逆転、ゲーム漬け、食事もとらず、お風呂も入らない。昼夜逆転しているので、私の子育ては、まさに24時間でした。 

 

そんな状況の中、自分に目を向け、よし、自分をリラックスさせようなんて、私には到底無理でした。 

 

どう、精神を保つのか、どう自分を癒すのか、そんな疑問が浮かぶ暇もなく、嫌でもやって来る苦しい毎日を、何とかこなしている、そんな日々でした。 

 

私は、行き渋りから1年程は、息子の事で精いっぱいで、自分をリラックスさせようなんて、考えもしませんでした。 

 

1年ほど経ち、問題は解決していなくても少しずつ、少しずつ、起っている出来事が現実である事を、心から受け入れられるようになり、頭や気持ちが整理されていくと、 

「毎日毎日、何なんだよ!やってられないな、美味しい物でも食べに行こ!」 

 

と、思える事もありましたが、外出先でも、

「あ、そろそろ起きたかな?お腹空いてるかな?寂しがってるかな?」と気になり、得体の知れないものに急かされ、みぞおち辺りに常に不快感がありました。 

 

急いで帰っても、大体の場合、息子は寝ていて、予想はしていても、言い現わしようのない、悲しく、苦しい気持ちになる。そんな日々でした。 
 
 


母親が元気になれば、不登校は解決されるという専門家の助言は、ほとんどのお母さんにとって、的外れなのではないかと思います。

 

なぜなら、子供が不登校でいる間は、その事から完全に解放されて、楽しい気持ちになることなど、できるわけがないからです。

  

子供に、何か少しでも回復の兆しが見えたり、元気な表情が見えると、それに安心して、母親が希望を持ち、少し元気になる、その母親の姿、雰囲気を感じ取り、子供がまた少し元気になる、またその子供の姿を母親が喜び、母親が少しずつ元気になっていく、そんなふうに、子供と母親がお互いを少しずつ、少しずつ、無意識に励まし合い、元気にし合っていくのだと思います。 

 

「まずはお母さんが元気になって下さい」「少し子育てから離れて、気持ちをリフレッシュして下さい」と言われても、当時の私には、到底そんな事はできませんでした。

 

元気になれ、と言われて、元気になれるものではないと思います。 

 

 

時を経て、時間をかけて、少しずつ、不幸に鈍感になる。 

 

自分を少しは癒そうと、自分自身の幸せに目を向けようと心がけ、表面上は笑える日もある。

 

それでも悩みは何も消えておらず、私は依然、出口のないトンネルの中で、光はどこにあるのか、と探し続けるのです。

 

 
元気にならなくちゃ、と努力すれば元気になる、というものではないと思います。

 

 

子供への対応を変え、状況が好転していく中で、母親自身が、少しずつ元気になれる時を待つしかないと、私は思っています。 

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118 夜中に両親がゲームに付き合う

118 夜中に両親がゲームに付き合う 
 
 
 

ゲームばかりしている長男は、毎日皆が寝静まってからリビングでゲームをしていました。

 

下の子を寝かしに行く際に、必ず、 

「お母さん、戻ってきてよ、絶対だよ」 

と言い、私は毎日起きて、長男とゲームをしていました。 

 

もともと、私はゲームが好きではなく、やり方も分からないので、あからさまに、 

「えー、お母さん分からないし・・・」 

と言い、快く遊んであげる事は出来ませんでした。 

 

どれ程頑張ろうと思っても、無理でした。

 

それでも、何とか、ゲーム機のボタンを無駄に押しまくり、毎日毎日夜中まで長男とゲームをしました。 

 

正直、私にとってはかなりの苦痛な時間でした。 
 

 

主人は毎日22時過ぎ、子供が寝てから帰宅します。 

 

長男は主人が帰って来るのを心待ちにしており、主人が帰ると、 

「お父さん、ゲームやろ!」 

と言って【大乱闘スマッシュブラザーズ】に誘っていました。 

 

主人も、毎日、 

「おーいいよ!」 

と言い、付き合っていました。 

 

主人は私よりも演技が上手く、仕事でくたくたなはずなのに、嫌そうな素振りは見せずに、30分から1時間ほど、ゲームに付き合う事が多かったです。 
 
 
長男は、2時過ぎまでゲームをし、その後寝室に来て暗闇の中、動画を見て寝落ちする。 

 

そんな毎日でした。 

 

8歳の、成長段階の子供です。

 

私は心を満たす事を優先し、何も言いませんでしたが、今の生活習慣が息子の、体、脳、目、情緒にどんな影響を及ぼすのか、この先の人生にどう影響するのか、とても心配でした。

 

 

私が、一言、 

「目が疲れないようにね」 

と、優しく声を掛けるだけで、長男は、 

「酷いね、本当に酷い事言うよね」 

と私を責め、泣き出します。 

 

 

親として、心配する事すら、許してはくれませんでした。 

 

あー、この子には、本当に何も言えない。 

 

この子は、一体どうなってしまうのだろう・・・ 

 

そんな事ばかり考えていました。 

 

いつか、元気になる日がくるなんて、想像する事は出来ませんでした。 
 
 
 
 
 

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117同じ学校の幼馴染に会う

117 同じ学校の幼馴染に会う 
 
 

12月下旬 

 
 
別学区の友人と遊ぶようになり、楽しみができると、長男は日に日に回復しているように見えました。会う勇気がなく、会えていない同じ学校の幼馴染に「会ってみようかな・・・」と言うようになりました。 
 

 

何度も迷い、

「会う」 

「やっぱり、無理」 

「んー、会いたい」 

「・・・でもな・・・」 

「遊びたいけど、同じ学校だからな・・・」 

「どうして休んでいるのって言われるかな?」 

と、いつもぶつぶつ呟いていました。 
 
 

 

何日も何日も悩み、ある日、

「僕、遊んでみる」 

と言い、遊ぶ事になりました。 
 

 

親友が、16時頃来る予定だったので15時半に起こしましたが、体が動かず、なかなか布団から出る事ができません。

 

10分程経ち、少しずつ少しずつ体を動かし、布団から出た時には、親友は既にリビングにいました。 

 

長男は親友のいるリビングに入る事が出来ず、寝室からリビングに繋がる廊下を行ったり来たりウロウロしていました。 

 

 

私が、

「もう、友達来てるよー」

と声を掛けると、 

 

長男は、

「お母さん、僕、分かってるよ、心の準備してるの、少し待って」 

と言い、しばらくウロウロと落ち着きなく歩いていました。 
 

 

長男は自分のタイミングで、何とかリビングに入り、すぐにソファに置いてある布団で全身を覆い、隠れてしまいました。 
 

 

親友はそんな事はおかまいなしに、長男に向かって、

「このゲーム、やり方分からない」 

「ちょっと!潜ってないで早く教えて!」 

「あれ、Wi-Fiのパスワード教えてよ(笑)」 

と言いながら、話しかけてくれていました。 

 

 

前回の友人の時と同様、少しずつ少しずつ話し始め、ゲームを始めると2人は盛り上がって遊び始めました。 

 

親友が帰宅すると、長男はテンションが上がり、私と、次男とすごろくで遊び始めました。嬉しい感情を抑えきれない様子で大はしゃぎでした。

 

夜、長男は少し表情を変え、私に、 

「あー、僕、めちゃくちゃ学校休んでるなー」 

「学校で、毎日折り紙折ってたなー」 

「なんだか、折り紙折りたくなってきたなー」 

と言い、 

「けど!まだ学校は休む!」 

と言いました。 
 

 

それから、しばらくの間、2人で折り紙を折りました。 
 

 

私は、 

「大丈夫、頑張り過ぎていたから、疲れたよね、心が元気になるまで、しっかり休んだらいいよ」 
と、言いました。 
 
不登校が始まった頃のような険しい表情になる事が少なくなり、少しずつ、少しずつ、心が満たされてきている気がしていました。 

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116 久々に友人に会う

116 久々に友人に会う 
 
 

12月になると、息子は完全昼夜逆転になっており、朝6時頃まで動画を見て寝落ちし、夕方5時ごろ起きてくる生活でした。

 

 

友人には誰にも会う事が出来ず、いつも、

「僕はぼっちだ、誰もいない、独りぼっちなんだ」 

と言っていました。 

 

 

「サッカーをやりたい、友人に会いたい」 

と、言うものの、 

 

「知っている子には絶対に会いたくない、遠出もしたくない」 

と、相変わらず引きこもりでした。 

 

行き渋りが始まった不安定な頃に遊べていた、別学区の親友にも、2か月以上会う事が出来ませんでした。 

 

何度も誘われていたので、それを伝えると、顔が曇り自室にしばらく、こもりました。 

 

12月中旬、息子がその友人と遊びたい、と言い出しました。

 

連絡を取り、すぐに遊ぶ事になりました。

 

友人が家に着くまで、長男は緊張した様子で家中をウロウロし、落ち着きなく歩き回っていました。

 

始めは緊張していたものの、ゲームを始めるとすぐに打ち解け、以前の様に仲良く遊び始めました。 

 

その日から、ほぼ毎日、その友人と遊び、息子はその時間だけが、 

「生きていて、楽しいと感じられる時間」 

と、言うようになりました。 

 

 

次男は一緒に遊びたくても、

「遊びたいけど、どうせ、入れてくれない」 

「僕は、一緒に遊んではいけないんだ」 

と言って、部屋の角にお山座りをして、楽しそうに遊ぶ兄たちを見ながら、無表情で、1人でゲームをしていました。

次男は、全ての事に極端に自信がなく、人とのコミュニケーションがうまく取れませんでした。 
 
 

 

長男は、昼夜逆転している為、友人が来る16時頃は、まだ寝ている事が多かったのですが、「友達が来るよ」と声を掛けると、すっと起きてきました。 

 

友人が帰る時は、ウロウロ玄関を歩き回り、下を向き、今にも消えてしまいそうな小さな、自信なさげな声で、

「また、遊びたいな」

と、伝えていました。

 

息子なりに精いっぱい頑張り、緊張して話している事が伝わってくる話し方でした。

 

 

友人が帰った後は、誰の目から見ても分かる程、表情が柔らかくなり、元気になり、家族にも優しく接するようになりました。

 

心が満たされれば、人は優しくなるのだ。という事を毎日、目の当たりにしていました。

 

別学区の親友には会えるようになりましたが、同じ学区の幼馴染の親友に、会う事はできませんでした。

 

何度も何度も誘われていましたが、

「遊びたいけれど、同じ学校だから、会いたくない」

と言い、断っていました。 

 

 

学校に行っていなくても、部活へ行けたり、友人に会えたりする子がいると聞いていました。息子の不登校の症状は、年齢の割には、なかなか酷い状態なのではないか?と思うようになりました。

 

どうしてこんなに人に会う事に憶病になるのだろう?

 

私には、息子の気持ちは理解できませんでした。

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115 実家近くの物件を見に行く

115 実家近くの物件をみに見に行く 
 
 

2021/12月頭 

 
 
息子が、

「引っ越したい」 

「ここは嫌!」 

と、何度も何度も訴えるので、実家近くの物件を探しました。

 

実家に近く、部屋数もあり、これなら、何とか住めるだろう、という物件があったので長男も連れて、家族で見に行きました。

 

行き道に雨が降っていて、到着する時には雨が止み、今から見に行く物件の上に虹が2本かかっていました。

 

今まで見たこともないような、くっきり、はっきりとした虹でとても綺麗でした。

 

 

主人が、 

「何この虹、もう引っ越せって言われてるね、決めちゃうか」 

と言いました。 
 

 

私の気持ちは、

・もう1人で全て回していくのは精神が限界 

・楽になりたい 

・長男も次男もフリースクールがいい 

・遠方のフリースクールの送迎を考えたら、娘もいるので実家近くしか物理的に無理 

・引っ越せば息子が外へ出られる 

と思っていました。 

 

 

姓名判断をしているハンコ屋さんにも、家の方角が良くないと言われたし、家の査定も出したし、

「もう、引っ越そう!」

と、私の中で決心が固まっていました。 
 

 

長男は寝ぐせがつき、表情が見えない程に伸びた髪で、ガリガリに痩せ、ズボンがずり落ちてしまうのを、何度も直しながら、その物件の中へ入っていきました。 

 

 

主人が不動産会社の人と話をしていました。 

 

長男は玄関から入ってすぐの部屋に行き、私に向かって、 

「なにここ?」 

と言いました。 
 

 

私は、 

「ん?」 

「引っ越したいと言ってたよね?ここに引っ越そうかと思っているよ」 

「どう?」 

と聞くと、

 

 

長男は、 

「嫌だ、ここは嫌」 

「引っ越すのはいいけど、ここには住まない、住みたくない、絶対に嫌」 

「もう、車に戻る、連れて行って」 

と言いました。 
 

 

私は、主人に長男の言葉を伝え、車に戻りました。 

 

主人は、 

「全て、長男の言う事を聞く。そうすると決めたのだから、彼がダメと言うならダメなんだよ。仕方ない、シンプルにいこう。何も深く考えなくていい、彼の言う事を聞く、そうすると決めたんだよね?また引っ越したい、と言い出したら、その時考えよう。」

 

そう言って、それ以降その物件の話はしませんでした。 

 

 

引っ越して、少しは楽になる、と思っていた私は、

「あ、やっぱり今の生活から抜け出せないんだな」 

「結局、このままなんだ、私1人で手のかかる3人をどう面倒見ていこうか」 

と、少し落ち込んでいました。 

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114 情緒が安定してきた?

114 情緒が安定してきた? 
  
 

2021/12月中旬 
 
 

この頃、行き渋り以降ずっと無気力で感じの悪かった息子の態度に、変化がありました。 
 

 

・自らズボンを履き替えた 

【自ら、ずぼんを履き替える】そんな当たり前の事が私にはビッグニュースになる程、当時の息子は無気力でした。 

 

 

・娘を寝かしつけている時に、「お腹空いた、ご飯作って」と言いましたが、寝つくまで、待ってくれました。

以前は少しの時間も待てませんでした。 

 

 

・事ある毎に、「ありがとう」を、沢山言う

やたらと、私に「ありがとう」と言うようになりました。 
 
 
 
・弟を思いやる

「弟に、マリオカートどのコースがいい?」と聞き、弟と一緒にスイッチ(ゲーム)が出来る日がありました。以前は絶対に一緒にゲームはせず、弟だけにはスイッチを触らせませんでした。 

 

 

・前髪を切る

長く伸び切った髪の、前髪だけ切らせてくれました。 

 

 

・顔の表情が穏やかになってきた

以前は全く笑いませんでしたが、少し顔を上げて、笑う日が出てきました。 
 

 

 

完全不登校になり2か月、ゲーム以外の事をしなくなってから40日ほど経ちました。ゲームは毎日、平均16時間やっていました。
 
 
克服ママの言った、【過保護にする】をして、数か月、息子は良い方に向かっていました。 

 

やはり、このやり方がいいのだろう、と私は思っていました。 
 
 

 

 主人は、今のやり方に疑問を持っており、

「今の子育ては、モンスターを育てているみたいに感じる。この先、子供たちがどう成長するのかが怖い。次男までもが無制限でゲームをしていて、他の事では全く遊ばなくなっている。俺の目からは、無気力で、怠け者に見える。長男も今は動画やらゲームやらで頭がいっぱい。ゲームが出来ないから外出しない!という子になっているよね。子供らしさのかけらもないよね、2人とも」 
 
と、疲れた感じで言っていました。 
 
  

 

私の中にも同じ不安があるので、気持ちは痛いほど分かります。

 

でも、じゃあ、どうしたら良いの?

 

今の対応が良くないなら、どんな対応にしたらいいの?

 

息子達を取り締まり、親の言う事を聞かせるの? 

 

今のこの子達が、親の言う事を聞くと思う?

 

今のやり方に不満があるのなら、他のやり方を調べて提案してほしい。 

 

口には出しませんでしたが、そんな気分でした。 

 

 

知り合いの方が、私にこんな事を言っていました。

「長男君は、今は、ゲームをしていたいんだよ」

「今は!だよ、今は!」 

「今までの、外遊びをした時間を平均したら、数年ゲームしかしなくても、一般的な子供の外遊び時間の平均値になるんじゃない?それくらい、よく遊んでいたと思うよ!大丈夫、心配いらない」 

「あの時期に培われた、身体能力や感受性は、絶対残ってるから!成長の土台になっているから」 

「今、この時期は、ゲームをやりたい、ゲームしかしたくない!」 

「そんな感じなんじゃない?私は、そう思うよ」 

 

以前から信頼を寄せていたそのママは、私をそう、励ましてくれました。 

 

表面的な分かった様なアドバイスを貰うと、不快になり、聞く気になれませんでしたが、このママの励ましは、すっと自分の心に染みわたり、安心することができました。 

 

 

やはり、今の「過保護にする、好きにさせる」の子育て法は間違っていないはず! 

続けて行こう!と思いました。

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113 診断書が腑に落ちない

113 診断名が腑に落ちない 
 
 


2021/12月頭  

 

医療センターの診断書に、【自閉症】の文字を見てから、私は、自閉スペクトラム障害というよりも、【自閉症】というキーワードばかりネットで検索していました。 

 

私は、それまで、医師や専門家の診断は、間違いないものだと思っていました。

しかし、自分で調べた典型的な自閉症の子どもの症例は、息子の現状とは合致しない点がたくさんあったので、この診断結果は、受け入れ難く感じました。

 

診断名が腑に落ちない私は、他の専門機関に話を聞きにいきました。 
 

その専門機関では、 

「医者が本人と話していないのに、自閉症スペクトラム障害の診断を出すのはおかしい」 

と言われました。 

 

「もー、何がなんだか分からない!」 

 

どこの専門機関の、誰が言っている事が本当なの? 
 

 

発達に偏りのある子を専門に塾を開いている先生は、

「診断名が付く前も、付いた後も、その子である事に、何一つ変わりはなく、悲しむ事はありません。学校に特性を理解してもらい、特別な対応をして欲しい時に診断書を都合よく利用したらいいだけです」

と言いました。

 

 調べると、自閉症の特徴として、

・コミュニケーション能力が低い 

・人の気持ちを汲み取れない 

等がありましたが、

 


息子は、人の気持ちが汲み取れない、というよりも、むしろ、周囲に気を遣いすぎるところがありました。

周りの子どもたちのペースに合わせ過ぎ、心の内側に大きなストレスを抱えるようなところがありました。


例えば、・・・。

 

友達に誘われると、理由もなく断る事が出来ず、気が進まなくても無理をし、付き合うような事がよくありました。

楽しそうだと私が思っていたら、その後、疲れ果てて自室にこもってしまう、そんな事がよくあったのです。
  

 

 

上の姉は、いつも、 

「まだ人生のほんの一部!一流大学を出て立派に就職しても引きこもる人がいる! 長男君は、そういう意味では大丈夫な気しかしないよ」 

 

と励ましてくれていました。 

 

励ますと言うより、本当に、そう信じている事が伝わる言い方でした。 
 

 

それなのに、母親である私は、この先、いつまで引きこもるのだろう、4年で行けなかったら、5年も行けなくない?5年で行けなかったら、6年も行けないじゃん!6年で行けない子は、9割中学も行ってないじゃん!そうやって、ずっと行けずに、大人になっても引きこもるの? 

 

この子の人生は、たった8年で真っ暗なの?と考え、不登校をネガティブに捉え、1人で不安に駆られていました。 
 
  

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112 外の世界に怯えた日

112 外の世界に怯えた日

 
 
2021.11.29 
 
 
この日の事はよく覚えています。

いつも、ゲームばかりで引きこもっている長男を、主人がテニスに誘いました。 
 

 

長男の小学校区ではない、少し離れた地区のテニスコートのある公園に行きました。 

遊具があり、その奥に広いグランドがあり、その更に奥へ行くと、テニスコートがありました。 
 

 

長男は同年代の子に会う事を極端に恐れていました。 

 

行きは、他の子供たちが遊んでいる遊具やグランドを避けて、テニスコートへ向かいました。 

 

テニスコートは高い塀に囲われており、外から中の様子は見えません。 

 

長男は、あまり元気がないものの、周りの視線を感じないテニスコートで、伸び伸び遊んでいました。 

 

家族でテニスをし、帰路に付く際、私は下の子のお世話をしていたため、主人と長男が先にテニスコートを出ました。 

 

主人に長男の状態を話してはいるものの、普段の様子を見ていないため、同年代の子供達がいる空間を、どれ程長男が恐れているのかを、主人は理解していませんでした。 

 

主人と長男は私より100メートルほど前を歩いていました。

 

主人が先に歩き、長男が後を追っています。

 

主人は、沢山の子供のいるグランドの真ん中を通り、遊具の方へ向かっていました。 

後ろから見ても、長男の様子がおかしいことが分かりました。 

 

主人は気が付いていません。 
 

 

私は下2人を残し、長男の方へ駆け寄りました。 

 

声を掛けると、振り向いた長男の顔は、今にもこぼれ落ちそうな涙を目に溜め、あたふたし、体が震え、隠れる場所を必死に探しているようでした。 

 

私が、 

「大丈夫?」

と聞くと、 
 

 

我慢していた涙があふれ出しました。 

 

「帰りたい、帰りたい、帰りたい!帰りたい!!!」 

「車どこ!早く乗りたい!」 

「早くここから離れたい」 

「ねー、車どこ」 

「ねー!ねーー!!ねーーー!!!」 

 

周りに子供が沢山いるため、呟くような声で、それでも叫んでいるような雰囲気で、口をへの字にし、私の体で、自分自身の体を隠そうと小さくなっています。 
 
 
 
徒歩5分程の場所に車が停めてあり、駐車場へ行くには沢山の子供のいるグランド横を通る道しかありませんでした。 
 

 

私は、長男に、

「急いで車取って来るからね、待っていてね」 

と言うと、

 

 

長男は、

「嫌だ、嫌だ」 

「早く、早くしてよ」 

「なんで、なんで車遠くなの!」 

「ねー、何で、早くしてよ、早く車乗りたい、帰りたい、帰りたい」 

 

と、周りをキョロキョロと見渡し、隠れる場所を探しています。

 

私はグランドと長男の間に立ち、視界をさえぎりました。 

 

 

公園と道を挟んだ向こう側に自販機がありました。自販機の後ろに回れば公園からは長男の姿が見えないので、長男をそこで待たせ、私は急いで車を取りに行きました。

 

 

私は主人に、パニックになる前の感じだから、長男から離れないでほしいとお願いし、急いで車を取りに走りました。 
 

 

車に乗り込むと、長男は、ダッシュボードに入れていたゲーム機を乱暴に手に取り、狂ったようにゲームを始めました。 

 

そんなに近くて、画面が見えるの?と思う程、ゲーム機に顔を近づけ、

 

「おー、すげー」 

「わー、勝った」 

「おー、楽しい」 

と、不自然にずっと1人で叫んでいます。 

 

助手席に座り、前のめりでゲームの世界に入り込む長男の姿は、異様な雰囲気で包まれていました。 

 

運転しながら長男の顔を、ふと見ると、顔が涙でぐちゃぐちゃでした。 

 

声だけ聴いていると、笑っているのに、顔は涙でぐちゃぐちゃ。 

 

その涙を拭うこともせず、ひたすらゲームボタンを押し続けます。 
 
 

・・・ 
 
 
私が泣いてはいけない、私が泣いてはいけない、涙が出ないように、涙が出ないように、と思えば思うほど、喉の奥の辺りが熱くなり、痛くなり、自然と涙がこぼれ落ち、止めることが出来ませんでした。 
 

 

今でも、この出来事、あの時の長男の様子は、昨日の事のように、鮮明に覚えており、脳裏から離れません。 
 

 

この世に出て、まだ8年しか経っていない子供が、なぜここまで苦しむのか。 
 

 

私の、何が、この子をここまで追い詰めてしまったのだろう。

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111 次男の試し行為

111 次男の試し行為 
 
 
 2021.11  


克服ママに「過保護にすること!」と言われたことを頑張っていました。 

 

出来る限り長男の望みを叶えるよう、わがままを言われても指摘せず、可能な限り対応する。 

 

そんな私の変化を見ていた次男が、私に言いました。 
 
 

 

次男: 

「お母さんは、お兄ちゃんのことが好きなんでしょ」 

「お兄ちゃんのことだけが好きで、お兄ちゃんのことだけが大事なんでしょ」 

そんなことを何度も何度も繰り返し聞いてきます。 
 

 

私は次男と2人きりの時に、 

「世界で一番次男の事が好き!」 

「こんなかわいい子、どこにもいない!」 

「お兄ちゃん、今元気がないから、お兄ちゃんばかりに構って、我慢させちゃってごめんね」 
 
と言っていました。

 

 

寝かしつけの時間は、 

「妹の隣で寝なよ!」 

「お兄ちゃんの所(リビング)に行きなよ!」 

「僕の横になんて来ないでよ!」 

「早く!行きなよ!」

と、突き放してきます。 

 


 
私は、 

「今は次男との、とっても大事な時間だから、意地でもここからどかないぞ!」 

と言って、次男を抱きしめ、放しませんでした。 
 

 

次男は、歯を食いしばり 

「やめろ!やめろ!」 

と、目に涙を溜め、蹴ったり叩いたりしていました。 

 

 

この子の情緒は大丈夫だろうか? 
 
 
 
食事を作っても、 

「これは、嫌」 

「あれは、嫌」 

「作り直して!」 

「今すぐ違うの買ってきて!」 

そんな要求が、日に日にエスカレートしていきました。 
 

 

 

いろどりに野菜をお皿にのせるだけで、 

「嫌がらせかよ!ふざけるな!」 

と言って、野菜を投げつけてくる事もありました。 
 
 


長男の似た様な要求を、私は全て聞き入れているため、次男は試し行為をしているのだろう、と出来る限り対応するようにしていました。 

 

 

次男は不登校ではなく、健常だと思っていたので、 

「こんな事聞いていいの?」 

「人を思いやれない子にならないの?」 


という不安が脳裏をよぎり、不安になりました。
 

 

 

そしてついに、2歳の娘までが、

「いらない」

「違うのほしい」

と兄たちを真似るようになりました。

 

私は1日に何食もご飯を作り、何度も何度も作り直していました。 

 

 

 作っても食べてもらえず、要望通り作り直したものですら、一口食べて「もういらない」と残す・・・。

 

「もぅ、いい加減にしてくれ!」 

こんな事、本当に続けていて大丈夫なのだろうか? 

この子達は、どんな子に育つのだろうか?

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110 不登校中の息子の姿

不登校中の息子の姿 
 
 

 
完全不登校中の息子の様子は、以下のような感じでした。


 
 

【ゲーム、動画しかしない】 

ゲーム、動画を、起きている間、1秒も手から放しませんでした。

数秒顔を上げ、民放テレビに視線を向けた際に、涙が出るほど嬉しかった事を覚えています。 
 

 
 
【お風呂に入らない】 

「僕は家のお風呂を卒業します」の言葉と共に、家のお風呂には、5か月近寄りませんでした。 
 
 
 
【歯を磨かない】 

「虫歯になるよ」と何度か言いましたが、磨かないので、言うのを止めました。 
 
 
 
【病院に行けない】 

平日は、スタッフに、「今日はお休み?」と、聞かれるのが怖くて行けず、休日は、知人に合うのが怖くて行けませんでした。 

歯科矯正をしていましたが、一旦ストップしました。 
 

 

【髪を切らない】  

目が前髪で完全に隠れていました。 
 
 
 
【爪を切らない】 

爪は切らないけれど、噛んでいたのか、いつも短かったです。 
 
 
 
【服を着替えない】 

1週間以上替えないので、無理矢理着替えさせようとすると、パニックになり、それに私が疲れ、諦めました。 
 
 
 
【インターホンに怯える】 

インターホンが鳴るだけでパニックになり、震えて怯えました。不登校児の繊細さに配慮出来る人は少なく、玄関先で、 

「あれ、お兄ちゃん、見かけないね」 

「学校行ってないの?」 

と、聞いて来る人もいました。 

それが長男に聞こえてしまうと、その後しばらく、長男は自分の部屋から出られなくなりました。 
 
 
 
【外出できない】 

外出をとても嫌がり、付いて来ませんでした。付いて来ないけれど、1人で家で待つ事を嫌がりました。家族の行動が制限されました。 
 
 

 

【食事をしない(初期)】

1日1食しか食べず、やせ細っていた時は、カロリーを取らせようと、ハイカロリーな物を食べさせていました。 
 
 
 
【食事を食べ過ぎる(後期)】 

夜中の12時にインスタントラーメンを毎日食べたがる時期がありました。あまりに続くので、「体が心配」と伝えると、険悪な雰囲気になった為、言うのを止めました。 
 
 
 
【昼夜逆転】

朝方まで布団の中で動画を見て、夕方に起床していました。不登校中、布団に入り、「さぁ、寝よう」と目を閉じて寝た事は一度もありません。毎日、寝落ちするまでスマホを見ていました。私は、夜中にスマホを見ている時間が気になり、使用時間を確認した事があります。大体毎日、夜11時から朝の5時や6時まで、平均6~7時間、真っ暗闇の中、布団に潜り、目から10センチの距離で長時間、スマホを見続けていました。 
 
 
 
【動かない】 

ずっと、同じ位置でゲームをしていました。廃人の様に、無気力でした。 
 
 
 
【笑わない】 

顔を上げませんでした。 
 
 
 
【友人に会えない】 

全く会えない時期が長くありました。少し回復して、特定の子に会える様になっても、心に負荷が掛かると、すぐに会えなくなりました。 
 
 
 
【引きこもる】 

些細な事に深く傷付き、数日間部屋に引きこもる事がよくありました。 
 
 
 
【自信がなく、手を付けない】 

親族の集まりで、皆で簡単なゲームに挑戦していた際、長男だけ「僕は、きっと上手く出来ない」と言い、手を付けませんでした。 
 
 
 
【電気を消す】 

「部屋を明るくしないで!」とお願いされた時期がありました。 
 
 
 
【パニック症状】 

突然泣き叫ぶ、暴力を振るう等の症状がでました。
 
 
 
【声が小さくなる(出ない感じ)】 

心に負荷がかかると、一気に声が出なくなりました。本人は一生懸命声を出そうとしているのですが、とても小さく、聞き取れない程の声しか出ていませんでした。 
 
 
 
【イベントを嫌がる】 

誕生日等の節目のイベントがある度に、「僕は、ずっとずる休みしているんだ」と言って、自分を責め、いつも暗い顔をしていました。 
 
 
 
思い浮かぶ1年半の長男の状態は、こんな感じでした。 
 

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109 一瞬治った昼夜逆転の日

109 一瞬治った昼夜逆転の日 
 
 
 

2021.11月下旬 
 

 

昼夜逆転のサイクルがずれ込み、その日、長男は朝から起きていました。 

朝の時間帯に長男の姿を見るのは久しぶりで、嬉しい反面、私は、 

・朝の忙しい時間に長男に神経を使うのは疲れる 

・皆が出発してから起きてほしい 

・リビングでゲームを始める姿を見ると、次男が「ぼくも休みたい」と言い出すので困る

・あー、もう1時間長く寝ていてよ 

と思っていました。 
 
 

 

長男が朝起きていると、私の行動が制限されました。 

「どこにも行かないで、出かけないで、寂しい」 

「僕が寂しいのに、置いて行くんだね!」 

と、言ってきます。 
 

 

この日は特に荒れていました。 

・娘を虐める 

・私に暴言を吐く 

・ソファに座っていた次男をソファから蹴り落とし、泣かせる 
 
 

 

私は下の子を虐められると、怒りスイッチが入ります。 

 

 

長男に向かって、

「何で、そんな意地悪するの?」 

「もう・・・寝ててよ、用事ないんだから!」 

そんな言葉を掛けていた気がします。 

 

 

長男は、 

「うるせー、くそばばぁ」 

と言い、目を吊り上げ、不機嫌になっていました。 
 
 

 

 

本当に、もう、寝ててよ・・・ 

家族の平和な日常を、一瞬で壊さないでよ。

 

 

そんな気分でした。 
 
 

 

学校へ行けていない事への苛立ちなのか、劣等感なのか、理不尽な事を言って周りを傷付けます。 

 

天気の良い日で、娘と一緒に公園に行こうとしていたら、 

「絶対に行くな!」 

と、言われ、結局娘は家の中で過ごしました。 

 

 

長男が起きている間は自由に動けない。 

娘を家に閉じ込めておきたくない。 

幼稚園帰り、次男が公園で遊びたがっても家にいる長男が気になり、落ち着かない。 
 
 
 

私は常に、長男の存在に支配されている気分でした。 

長男がいるから、出かけられない。 

長男がいるから、早く帰らなくちゃ。 

長男がいるから、お昼を作らなくちゃ。 

長男が行かないから、家族でお出かけ出来ない。
 

 


この子が居なかったら、楽なのにな・・・ 

この子が居なければ、普通の子育てなのに・・・

何で、こんなに、この子は難しいの? 

何でうちだけ、こんなに大変なの? 

 

私はイライラしながらも、長男が不安定な時こそ、私の温かな対応が大切なのだろうと、分かってはいました。 

 

それでも、感情が先立ち、不安定な長男に上手く対応出来ませんでした。 
 
 

 

優しくしなければ、ストレスを与えない様にしなければ、頑張らなければきっとあの子は回復しない。

 

どれだけ頭で分かっていても、私はすぐに感情に負け、不快が態度に出てしまいました。

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108 発育歴

108 発育歴 
 
 
 

2013年冬、私が35歳になった3日後に長男は生まれました。 

いわゆる、高齢出産です。 
 

 

予定日の数日前に、私は背伸びをして天井の掃除をしてしまい、赤ちゃんがお腹でゆっくりしている時に、破水してしまいました。 
 

 

子宮の中で羊水が減っていく中、赤ちゃんが全然降りてこない為、許可されている、最大量の錠剤の促進剤を飲み、点滴をマックスで打ち、破水してから42時間後に、長男は自然分娩で生まれました。 
 

 

思い込みなのでしょうが、促進剤を最大限に使用する事は、赤ちゃんの脳機能に影響を与えるのではないのか?と私は感じています。 

 

母親もそうですが、きっと赤ちゃんも苦しんだはず。 

 

薬を大量に使用し、自然に逆らって生まれ、小さな体で苦しんだストレスは、その後の発育に影響しないのか?と疑問に思っています。 
 
 

・・・ 
 
 

出産後、少し黄疸は出ましたが、全て正常値でした。 

 

発語も、おむつが取れる時期も、問題はありませんでした。

 

次男が生まれる2歳3ヶ月まで、癇癪を起す事もなく、とても穏やかで、よく笑う、とても可愛い子でした。 

 

それでも、いつもなぜか、少し不安そうな目で物事を見ていた姿は、脳裏に焼き付いています。 

 

長男は泣かない子で、あまりに泣かないので、泣くと、ホッとした覚えがあります。 
 

 

 

診断名が出て、【自閉症】で調べると、自閉症児はくるくる回る、とありました。 

長男は7か月頃、お座りをして、その場でくるくるくるくると、回っていた事がありました。コンパスみたいだね、と話していました。 それ以外で「回る」という行動はありませんでした。
 
 
 
断乳は1歳半でした。

 

もうおっぱいは無しだよ、と【へのへのもへじ】をおっぱいに書いて見せると、その日から水筒でお茶を飲みながら寝る様になりました。一度もぐずったり、泣いたりしませんでした。 

 

何て楽な子なのだ・・・と思った記憶があります。 
 
 

 

育てていく中で、気になった点がいくつかありました。 

 

・新しい場所に行くと、中々部屋に入れない。 

・2歳になる前、友人宅へ行った際、土間に入るまでに1時間、土間から部屋に入るまでに2時間程掛かり、上がってからも、他の子供達の輪には入らず、遠目で様子を見ていた

・遊んでいた子供たちが移動すると、ゆっくり、おもちゃに近づき不安そうな目をしながら、そぉっと触りだす 

・2歳児検診の際、長男だけが、身体測定の部屋に入れず、怯え、泣き喚き、一歩も入れないので、保健師が測定を諦めた 

・5組位の親子で紙芝居の読み聞かせをした際、長男だけ部屋に入れず、ずっと廊下にいた

・私が読む番になると、「読んではダメ」と泣き喚き、私だけ読むのを諦めた、読んではダメと言った時、何かに怯えているかの様に不安そうだった 

・毎日通っていた児童館で、部屋に入る際、必ず不安そうな顔で様子を見る為、時間が掛かる 
 
 

そんなエピソードがいくつもありました。 

 

とにかく、新しい場所、知らない場所へ行くと、中へ入る事を異様に嫌がりました。 
 
 

幼稚園の就園前検診の際も、自分の順番になると、軽いパニックになり、お漏らしをしました。 

 

 

当時は気が付いていませんでしたが、長男は、何をするのか分からない際に、パニック状態になりやすく、泣きわめき、体全体で抵抗し、断固拒否していた様に感じます。 

 
 
他の子供が困難に感じていない部分に、困難を感じる場面はいくつもありました。 

・年少時の運動会の際、入場行進の列に入れず、担任が列に入れようとすると、パニックになり、「嫌だ!」と、最大限に手足をバタつかせ、抱っこも出来ない程にのけぞり、抵抗し、参加できなかった 
 

 

【運動会のかけっこ】 

年少→先生が長男を抱っこして走る 不安そうな目でずっと周りを見ている 

年中→先生と手を繋いで走る 

年長→運動会1ヵ月前までは、リレーの練習に参加できず、先生と手を繋いで走っていたが、最終的には「アンカーなら走る」と言い、走った(アンカーはこだわり?) 
 
 
【運動会遊戯】 

年少→先生が抱っこ 踊りはやらない 

年中→先生の膝の上 手だけ少し動かしていた 

年長→元気に、張り切って参加 
 

【お遊戯会】 

年少→とても不安そうに、舞台下から観客席を見ていた 舞台には上がらない 着替えに時間がかかる 

年中→舞台上には行くが、正面を向かず、後ろ向き 着替えに時間がかかる 

年長→友人に指示が出来るほど、張り切ってやっていた 一切問題なし 
 
 
 
色々気になる点はありましたが、私は物で釣ったり、叱りつける事に抵抗があった為、「あ、やりたくない子なのだな、私も小さい頃、人前で何かをする事が大嫌いだったな、私に似たんだな」くらいにしか思っていませんでした。 

 

この時点で発達障害などの知識が、少しでもあればよかったのかな?と思う事もあります。 
 
 
他にも、幼稚園の座席は自由でしたが、長男の席は無言の了解で決まっていたそうです。 

 

長男がその席にしか座らない為、周りの皆が譲る様になったと聞きました。座ったことのある席が安心する様でした。

 

給食は偏食が激しかった様です。 
 
 

次男が生まれた際、他の誰かが次男を抱っこする事を一切許しませんでした。 

やきもちだね、というレベルではありません、次男を抱く事は不可能でした。 
 
 

 

初めての子育ての為、こんなものなのかな、と思いながらも、何だか他の子よりも、スムーズにいかない事が多いなと、何となく気が付いてはいました。
 

 

大らかでいよう、大らかでいよう、やらないからと、あたふたする親になってはいけない。そう思う様にしながらも、行事がある度に、帰りにいつも、胃の辺りが重くなっていました。

 

何で、うちの子だけ違うのだろう・・・ 
 
 
 
 
 
医療センターの問診票に、上記のような、事細かな発育歴を6枚記入しました。

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107 出された診断名

107 出された診断名 
 
 
 

2021/12/3(金) 
 
 

 

初めて医療センターに行った11月1日から1か月が過ぎ、2度目の予約日です。

 

今日、私に与えられていた診察時間は10分。 
 

 

とても日当たりの良い、静まり返った診察室に入ると、前回と同じ、30代位の物静かな女性の担当医が、穏やかな口調で、

「お待たせしました」

と、微笑みかけてくれました。 
 

 

私が、長男は連れて来れる状態ではない、と伝えると、 

 

「いつか、待合室にでも連れて来られたら、連れてきて欲しい」 

「待つ姿からも、様子を診察できます」 

 

と、言われました。 
 
 
 

前回の発育歴確認の続きからでした。

今回も、今の状態は、ほぼ話せていません。 
 

 

担当医が、私が質問に答えている内容を、頷きながら聞き、パチパチとパソコンに文字を打ち込みます。 

 

話が一区切りすると、先生が何かをプリントアウトし私に、さっと手渡しました。 

 

そこに書かれていたのは、 

 

【診療計画書 診断名 状態 (疑いも含む) 自閉症スペクトラム障害】 

 

の文字でした。 
 

 

ん? 

何?

何の話? 

 

 

 

私はしばらくの間、担当医が、誰の話をしているのか、理解出来ていませんでした。
 
 

そこから、先生と何を話したのかは、覚えていません。ただ無感情で、 

 

「そうなんですね」 

 

とか、そんな一言位しか発さなかったと思います。 
 

 

担当医は、 

「本人の性格や、こだわり行為は変えられない、周りが接し方のこつを掴むと、本人も、周りも、スムーズに生活し易くなります」 

 

と、アドバイスをくれました。 
 

 

 

こつ・・・ 

・・・? 

こつって何だ・・・ 
 
 

 

30分ほど掛かる帰り道は、自分がどう帰って来たのか、あまり覚えていません。

 

ぼーーーーっとしながら車を運転していた様な記憶があります。 

 

負の感情はないけれど、ここ数か月間に目まぐるしく巻き起こっている、出来事。 自分とは一生関係ないと思っていた出来事が、どんどん私の人生に入り込んできて、その情報の処理をする事に、脳が上手く反応していない、そんな感覚でした。 
 
 
 
姉に話すと、 

「自閉スペクトラム障害・・・学校に自閉スペクトラム障害診断を貰っている子で、長男君と、そっくりな症状の子がいるよ、やりたいことしか基本やらない」 

と、言っていました。 
 

 

長男は今まで、やりたくない事も、卒なくこなしてきました。 

 

比較をした事はありませんが、むしろ、良く出来ている方だったと思います。 

 

その点が、何だか腑に落ちませんでした。 

 

本当に自閉症なら、場面に応じて、やる、やらないのコントロールができるのだろうか? 

 

私の見解は、発達に偏りのある子を指導している先生が指摘した、過剰適応が1番しっくりきていました。 
 

 

 

個性と言えば個性、でも、社会生活に支障が出たら障害と名前を付ける。

 

長男の場合は、不登校という形で、社会生活に支障が出ていると、判断された様でした。

 

発育歴に書いた、こだわりの強さ、そこで診断されているのだろうか? 
 

そのこだわりの強さも、ゲームを始めてからは、かなり軽減されていました。 

 

満たされ始めたら、様々な症状が、落ち着いてきている様に感じていました。 

 

 

「今は、こだわりの強さが薄まっている」 

「何だか納得いかないな」 

「そもそも担当医は、本人に数分しか会っていない・・・」 
 

 

 

ネットや、不登校関連本を見た限りでは、長男は典型的な不登校児の道を辿っており、自閉症診断は腑に落ちませんでした。 

 

それでも私は、この本を購入し、読んでみました。 
 


 


当時、私には、あまりにも発達障害の知識が無く、自閉症と自閉症スペクトラム障害の違いも、全く分かっていませんでした。 
 

 

2013年?に自閉症の診断名の定義が変わり、自閉症スペクトラム障害と診断される患者は、かなり広範囲になった、と、担当医に言われました。 

 

自閉症はもの凄く狭い範囲、黒の1点。 

スペクトラム症は、かなり広範囲、軽い子は、ほぼ健常児である、と説明を受けました。 

 

その説明を受けても、私の様に、自閉症について、全く知識のない親からすると、診断名に【自閉症】の文字があるだけで、医師から与えられるインパクトは、強烈でした。

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106 深夜の長男との時間

106 深夜の長男との時間 
 
 
 
私は毎日、通常通り下の子のお世話をし、寝かしつけてから、また起きて、長男の話相手をする。そんな生活に心身共に、くたくたになっていました。 

 

睡眠時間が短いのもそうですが、ただ起きている、というよりは、常に、何か重い課題を投げられて、答えの見つからない答えをずっと探している感覚でした。 

 

下を寝かしつけに行く際、必ず長男は、 

「お母さん、寂しい、起きて来てよ、後で来てよ、絶対ね、絶対来てよ」 

と、毎日言います。

 

不登校前の生活だと、子供が寝てからの数時間が、唯一の自分だけの時間でした。 

「あー、今日も1日終わったな」 

と、思った後に、昼間もずっと一緒に居る長男と一通り戯れる事に、私は幸せを感じる事はできませんでした。 

 

長男は昼間も、買い物に行く事すら嫌がる程、そばに居たがりました。 
 
 
寝かしつけの後起きて行くと、 

・深夜にまた料理をするのが面倒臭い 

・感情が邪魔し優しい雰囲気で話せない 

・上手く傾聴出来ない 

・絶え間なく続く、相手からの一歩的なゲームの話に盛り上がって話せない 

・そんな態度しか取れない自分自身を心の中で責める 

・自分の態度が良くない、と分かっていても、悪い癖を抜く事が出来ない 

・私が母親では、この子は立ち直らないだろう、と落ち込む 

 

 

周りに、どれ程頑張っている、頑張り過ぎている、と言われても、どうしても、そう思えませんでした。 

 

私が頑張れているなら、長男はもっと、良い方向に行っているはず。 

 

「あー、私はやっぱり、こんな状況でも頑張れない」 

と、気持ちが沈み、その影響で、また子供に優しくなれない 

まさに負のスパイラルでした。 
 

 

唯一、私の心が少し軽くなれたのは、いつでも姉達が、瞬時に話を聞いてくれていた事でした。 

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105 引っ越しを考える

105 引っ越しを考える 
 
 
 

当時長男は、こんな感じでした。

・インターホンが鳴ると怯える

・外出時に車に乗り込む際、人に見られない様、背中を丸め、急いで車に駆け込む 

・車内から、同年代の子を見つけると、社外から自分の姿が見えない様に体を隠す 

・学校付近を車で通過する際、顔が引き攣る

・知り合いに会うのを恐れ、近所を出歩くことができない 

・人に会うのを恐れ、庭に1秒も出られない 

 
 

長男が何に怯えているのか、私にはよく分かりませんでした。 

 

学校を休んでいるだけなのに、なぜ、そこまで、隠れ、怯えるのか? 
 
 

不登校関連の本には母親自身が、 

・人に会うのが嫌になる 

・外出できなくなる 

・近所のスーパーに買い物に行けなくなる 

等の記載がありましたが、私には分からない心理でした。 
 
 

学校に行かないのは、身を隠さなければならない程、いけない事なのか? 

 

そもそも、近所の人に何を言われても、大して気になりませんでした。 
 
 
私は、その部分に関しては、堂々としていようと、決めていました。 
 
 
子供会の行事、廃品回収等の学校のイベント、サッカーの大会なども、自分に仕事がある場合は必ず行くようにしていました。 

 

ある意味、意地でした。 

 

お母さんまで、顔を出さない、と思われる事が嫌だった気もします。 
 
 
 
あまりにも、家から出る事に怯える長男の姿を見て、当時、両親が考えていた事は以下です。 

・私の実家近くに家族で引っ越す 

・私の実家に、長男のみしばらく住む 

・主人の実家に、長男のみしばらく住む 

・私の行かせたい学校がある地域に引っ越す 

・このまましばらく、ここで様子を見る 
 
 

 

そして私は、こんな行動を起こしていました。 

・実家近くの賃貸物件を探しにいく 

・実家近くの娘の幼稚園を探す 

・実家近くのフリースクールにコンタクトを取る (この時、私は次男もフリースクールのが良いと決めつけていました) 

・実家近くの小学校に連絡し、新一年生(次男)の話を聞く 

・今の家を査定に出す 

・主人が上司に転勤移動を出すかもしれないと相談しておく 
 
 

その時は11月下旬で、次男の入学が4月です。 

 

コミュニケーション能力が低く、心配事の多い次男を転校させる事は、避けたかったため、引っ越すなら4月からにしよう!と決めていました。 

 

引っ越すべきか、このままここで、様子を見るべきか、どれ程考えても答えは出ません。 

 

 

たまに来てくれていた姉は長男の姿を見て、こんな事を言っていました。 

「毎回、友達来ると顔色を変え、奥の部屋に隠れる姿を見ると、まだまだだなって実感する」 

「隠れる時の顔つきが普通じゃない」 

「外に出る時に、人目を気にし、おどおどしているよね」 

「ただ、もう少し時間がたった時どうなるのか」 

「長男君の本心はどうなのか」 

「引っ越す事がストレスになるのか、ストレスフリーになるのか」 

「長男君は物を大切にするから、家を手放す事をどう思うか」 

「長男君の事だけ考えるなら、まだまだ分からない事があるから、4月はまだ早い気がする」 

「もう少し長い目で考えてみたら」 

 

 

不登校に対する、主人の価値観はこうでした。 

・大人でも、一度長期で休んだ場所に復帰するのは嫌 

・新しい場所が緊張したとしても、心機一転、リセットする方がよいのではないか? 

・不登校は黒歴史、俺なら、絶対知ってる人とその後関わりたくない 
 
 

 

主人は不登校に対して、マイナスイメージを持っている様でした。 

 

私は、それをあまり理解できず、また、主人とのズレを感じていました。 

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104 起立性調節障害

104 起立性調節障害

 

 

最近は、風邪の症状が無いのに、朝起きれず、よく吐くので、 ネットで調べると、【起立性調整障害】という、言葉を見つけました。

 

【以下、ネット引用】 

起立性調節障害はこんな病気 

 

起立性調節障害(OD:Orthostatic Dysregulation)は、思春期前後の小児に多くみられ、起立時にめまい、動悸、失神などが起きる自律神経の機能失調です。 

 
人の身体は、起立すると重力によって血液が下半身に貯留し、静脈を経て心臓へ戻る血液量が減少し血圧が低下するので、これを防ぐために自律神経系の一つである交感神経が興奮して下半身の血管を収縮させ、心臓へ戻る血液量を増やし、血圧を維持します。しかし、自律神経の機能が低下した結果、このメカニズムが働かず、血圧が低下し脳血流が減少するため多彩な症状が現れます。 
 
 

起立性調節障害の症状・診断 

 

起立性調節障害でみられる身体症状として、以下があげられます。 

 

1.立ちくらみ、あるいはめまいを起こしやすい 

2.立っていると気持ちが悪くなる。ひどくなると倒れる 

3.入浴時あるいは嫌なことを見聞きすると気持ちが悪くなる 

4.少し動くと動悸あるいは息切れがする 

5.朝なかなか起きられず午前中調子が悪い 

6.顔色が青白い 

7.食欲不振 

8.臍疝痛(せいさいせんつう)へその周囲の痛みをときどき訴える 

9.倦怠あるいは疲れやすい 

10.頭痛 

11.乗り物に酔いやすい 
 

 

これらの項目のうち3つ以上当てはまる、あるいは2つであっても症状が強いなどの場合、起立性調節障害を疑います。



 ・・・

 

長男は、いくつかの症状が、あてはまりました。

 

数か月前まで、元気に学校に行き、外で遊びまわっていたあの子に、一体、何が起こっているのだろう? 
 
 
 
 
調子の悪そうな我が子を見ていると、少しずつ生活リズムを直していきたい。

と、強く思いました。

 

しかし、無理矢理何かをする事はできません。 
 

 

 

様々な不登校関連本にも記載されていますが、不登校児は本当に指示が通りにくいです。 

 

大人が何かして、どうにかなるものではありませんでした。 

 

本人の意識が変わり、自分で変わりたい、と動き出すのを待つしかない。 

 

その心理は、本で読み、何となくですが、理解しているつもりでした。 

 

でも、どうやったら、息子の意識は変わるのだろう? 

 

いつまで、その日が来るのを待てばいいのだろう?

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103 伝わらない気持ち

103 伝わらない気持ち

 

 

 

2021/11月中旬 

主人が帰宅し、 

「毎日、子供達がゲームをしている姿は、胸が締め付けられる、苦しい、本来望んでいる姿じゃない」と言いました。 
 

 
 
私は、

「え、ゲームに対して、そんな事思うの?」

という気持ちと、

「これで、スマホしか見ていない主人の背中に対し、私が思う、あの不快な感情を、少しは理解してもらえるかも!」

という、期待の気持ちが同時に浮かびました。 
  

 

 

今まで我が家にはゲーム類が一切無く、テレビも見続ける事はしていませんでした。

 

いつも子供達は、工夫して遊んでいました。 

 

家中の、色々な物を引っ張り出し遊ぶので、リビングは常に散らかっていました。

 

私は、それを、ストレスに感じる事はありませんでした。

 

 

 

ゲーム漬けで、散らからない家より、創意工夫をして遊び、部屋が散らかる事を、むしろ、喜んでいました。 

 

 

 

主人が、今までの子育て環境と比較して、デジタル漬けになっている環境に、まだ、慣れていないのかもしれません。 
   
  

 

長男が何か言いたげに、やたらと笑って、 

「お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、明日学校休む」 

と言ってきました。 
 
 
 
ん? 
もう、1ヵ月休んでるよね?、と思いましたが 、
  
 

「はいはい、ゆっくり、お休みしてね」 
と伝えました。 
 
 
 
この頃、長男は、少しでも外出すると、くたくたに疲れてしまいました。 
 
 

 

風邪の症状はないのに、連日食後に吐き、元気がないので、 

・食事を1日1食しか摂らない 

・昼夜逆転している 

・ゲーム画面を暗闇で長時間見ている 

・太陽の光を浴びていない 

 

等で、体に不調が出ているのではないかと、お母さんは心配しているよ、と伝えると、 
 

 

 

長男は、 

「お母さんは、僕の事を怒ってる!」 

と言い、泣き出しました。 
 

 

完全な昼夜逆転になっており、吐いたり、怠さも訴えていました。

 

太陽の光は全く浴びていません。

 

「少しずつ、戻して行けるといいね」

 

と、私なりに、優しい口調で伝えたつもりでしたが、長男は素直に受け取りませんでした。 
 

 

今のあの子には、何も伝わらないのかな・・・ 

 

そっとしておくしかないのかな・・・ 

 

心配している気持ちは、伝わらないな・・・

 
 

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102 次男がゲームを始めた日

次男がゲームを始めた日 
 
 
 
2021.11.中旬 
 


 
次男がいつも、ゲームを欲しそうに見ていたので、DSをもう1つ購入しました。 

長男は、その事を知ると、泣き叫び怒り狂いました。理由は、 

・僕だけのゲームじゃなくなった 

・僕だけが持っている物じゃなくなった 

・真似をされるのが嫌 

・弟が自分と同じ事をしている事が嫌 

です。 

 

 
 
私は、長男はスイッチも買ってもらったが、次男は持っていない、となだめると、 

・スイッチを使って次男と一緒にゲームをした事がある(1度だけ) 

・だから、僕だけのゲーム機ではない(一度、人が触っている為) 

と言います。 

 

 

長男は、

「次男のDSを、今すぐ捨ててこい」 

「絶対に、同じカセットを買うな」 

と、叫び散らし、購入した私を責め立てます。 
 

 

 

ゲーム機を心待ちにしていた次男は、怯えた顔でそれを握り閉め、無表情でフリーズしていました。 
 

 

私は、2人でゲームを楽しんだら?と諭しましたが、長男の怒りは凄まじいものでした。 
 

 

ゲームソフトも、次男は同じものを欲しがります。

私は長男の反応に怯え、次男に他の物を薦めますが、次男は、長男のやっているゲームがしたいのです。 
 
 

 

長男が、あまりに次男を傷付ける事に納得がいかない私は、長男を叱りつけました。 
  
 

・自分だけが楽しければよいのか? 

・羨ましそうにしている次男を見て、楽しいのか? 

・なぜ、次男がゲームをしてはいけないのか? 

・なぜ、それを長男が決めるのか? 

・なぜ、いつも自分、自分で他人を思いやらないのか? 

そんな事を長男に聞いたと思います。 
 

 

長男は、 

「がみがみがみがみうるせー」 

と、ただただ目に涙を溜め、怒り狂っていました。 
 
 

 

なんなのだろう、この子は。 

昔から、何でもかんでも、自分だけ、自分だけ。 

いつもそうでした。 

本当に、【長男らしい】発想。 

もう、うんざりでした。 

 

 

次男もゲームがしたい、減る訳でもない、楽しく2人でゲームをしたらいいのに、次男が自分と同じものを持っている事を許せない。 

 

 

なんの心理なのだろう? 

 
 

絶対発達障害だ。 

脳機能が正常に働いていない、としか思えない。 

通常ならば、何もなく過ぎていく事に、いちいち、大きく躓いて、家中が神経をすり減らしていました。 
 
 

 

もしかしたら、自分ができない事を、万が一、次男が出来てしまったら、と、不安なのだろうか? 

次男はただ、ゲームを楽しむだけで、酷く暴言を吐かれ、ゲームをするにも長男の目を気にし、こそこそと小さくなり、怯えながらゲームをする様になりました。 
 

 

私からすると、ずっと長男にペースを合わせ、家族は我慢し、希望を聞いている感覚が強かった為、耐えがたい気持ちでした。 
  

 

この子の独占欲は異常だな。 

昔から思っていた事です。

とても不愉快な気分でした。 
 

 

独占欲は、特性なのだろうか? 

小さい頃、欲求が十分満たされなかった為の反動なのだろうか? 

あの子は、それ程までに、欲求不満だったのだろうか? 

どこで育て方を間違えたのだろうか?


 
 

弟に対して、優位に立っていたいだけ? 

羨ましがられる存在でいたいの? 
 

 

もし、幼少期の育て方が影響しているのなら、私の子育ては大失敗だ。 

私に対する酷い事は我慢できます。

矛先が次男や娘に向かうと、どうしても感情的になり、長男にきつく当たってしまいました。 
 

 

過保護にしなければ、優しくしなければ、頭では分かっているのです。 

物を与える事、言う事を聞く事は、少しずつ出来る様になってきました。 

でも、無理難題を言う事の多い長男への、心の寄り添いがなかなかうまくいきませんでした。

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101 新たな葛藤

101 新たな葛藤 
 
 
11月13日 

しばらく誰にも会いたがらなかった長男ですが、幼馴染で同じ学校の友達と、友人宅でゲームをする事になりました。

マイクラをしたようです。 
 

 
 
帰宅顔、長男は「スイッチが欲しい」と言いました。 

言われたら購入しよう、と決めていましたが、言われたのが夜の9時過ぎでした。 

 

「明日買おうね」の言葉が通じません。 

 

泣きじゃくり、 

「欲しい、欲しい、欲しい、欲しい」 

「やっぱり、ダメなんだ、買ってくれないんだ」 

と泣き喚きます。 
 

 

 

丁度、主人が帰宅し、

「空いている店を探しに行こう!」

と言って、長男を連れだしてくれました。 

 

 

私は、

「あー、また始まった。本当にこちらの都合を聞けない、わがままな子だな、めんどくさいな」と思った記憶があります。 
 

 

 

結局、何件か探し回り、スイッチを見つけ、購入して帰ってきました。 

 

 

 

明日からは、スイッチにはまり、ますますゲーム漬けになるのだろうな・・・

 
 
 

11月14日 

みんな意地悪だ。

こんな場所に住んでいたくない。

転校したい、引っ越したい、と何度も、繰り返し言いました。 
 
 


 

11月16日 

スクールカウンセラーと教頭先生と話合いがありました。 

内容が薄すぎて、何1つ覚えていません。 
 
 

 

 
11月17日 

別の幼馴染と、近所の同級生が別々で訪ねて来てくれましたが、顔が引き攣り、会う事は出来ませんでした。 

 

 

 

その夜、長男は、わざとらしく、ケラケラと笑いながら、 
 
 
長男: 
「僕、何日、学校休んでるぅ?」 
 
 
私: 
「1ヵ月だよーーー」 
 
 
長男: 
「まだ、そんだけー?」 
 
 
私: 
「うん、ゆっくり休んでねー」 
と会話しました。 
 
 
 
お休みしている事を、気にしている様でした。 
 
 
 
この時期、長男は口の中に酷い口内炎ができ、痛がり、ほとんど食事をしませんでした。 
 
 
 

11月19日 

いつもは、起きるとすぐにリビングに来ます。その日は、夕方4時頃起きていたようですが、7時頃までリビングには来ず、暗闇の中で動画を見ていました。 体調不調の様子はありませんでしたが、食事後、何度も何度もトイレに駆け込み、吐いていました。 
 
 

その日の夜、娘を寝かしつけていると、長男が、 

「お母さん、オムライス作って」 

と、言いました。 
 
 

 

私が、 

「あと、数分で、娘が寝るから、少し待ってね」 

と言うと、 
 
 
 
長男: 

「いや、待てない、今すぐ、今すぐ作って、待たない、今すぐ!」 
 
 
私: 

「え、、、娘ちゃん、泣いちゃう、、、」 
 
 
長男: 

「関係ない、今すぐ作って、お腹空いた、今作って」 

と、執拗に言い続けます。 
 
 

仕方なく、娘を我慢させ、オムライスを作りに行くと、ほぼ寝かけていた娘が 、

「おかあさん、おかあさん」と、大泣きし始めました。 
 
 
もう、、、 
 
 
私は、怒りの感情を抑え、オムライスを急いで作り、長男に渡しました。 

その後、娘を寝かしつけ、リビングに戻ると、冷え切ったオムライスは、一口も手を付けられていませんでした。 
 

 

なんなんだよ・・・ 
 
 

と、思いましたが、何も言いませんでした。 
 

 

 

11月20日 

銭湯に行きましたが、ずっと「怠い、怠い」と言い、帰りたがりました。 

その日も、食後に吐きました。 
 
 

11月21日 

体調不良は、一切ありませんでしたが、この日も、食後に吐きました。 

 
 

 

学校に行かなくなり、落ち着き始めていた長男ですが、彼の不安定さが心身にでているように感じました。彼の中に、何か別の葛藤が生まれ始めている様でした。

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100 ゲーム生活の中で

100 ゲーム生活の中で 
 
 
 
2021.11月頭 

行き渋りから2か月が過ぎ、完全不登校になって20日経ちました。 
 
 
 
今の長男の生活スタイルは、起きている間中、ゲームか動画のみです。 食事もまともには摂りません。 

 

「好き放題させよう」と決めてはいても、深夜12時過ぎてもゲームをしている息子に、心配のあまり「まだ、寝ないの?」と言ってしまったり、嫌な顔をしてしまう事がありました。 

 

不登校克服ママの話を聞いていたものの、克服ママの息子さんは中1で、我が子は小学3年生でした。 身体が急激に成長するこの時期に、「本当にいいの?」「まだ、8歳だよ」「脳とか、目とか、大丈夫なの?」という気持ちが抜けきりませんでした。 
 

もともとが、ゲームに対して異常なまでの抵抗感がある為、尚更心配でした。 
 

長男はそんな私の気持ちを感じ取っているのか、家族が就寝した後にゲームをする時は、わざとらしく「あー、そういえば・・・」とか、「ちょっと、あっちの部屋(リビング)に忘れ物しちゃった」とか、私に聞こえる様に寝室から立ち去り、リビングでゲームをしていました。 
背中に私の批判的な視線を感じとっていたのだと思います。 
 

 

 

次男が就寝すると、「お母さん、僕もお母さんの横にいていい?横でゲームしていていい?」と言い、私の布団に入り、抱きついてゲームをする事もよくありました。 

 

 

思えば、次男が生まれてから、特に娘が生まれてから、長男に触りながら寝る機会は、ほとんどなかったと思います。長男も触れてこなかったので、私は、この子は、あまり人に触りたくない、ドライな子なのだ、と思っていました。 
 

 

 

11月1日にゲームが我が家に来てから、次男との争いもなく、平和な日々でした。 

 

 

次男はこの頃、人目を気にし、常に自信がなさそうにしていましたが、長男から攻撃されない為、以前よりも、穏やかな表情の日が多かった様に思います。 
 

 

長男は、カーテンを閉め切り、部屋を真っ暗にし、朝から10時間以上休憩なしで動画を見続ける。 

「中学になったら、きっとみんな、こんな感じになるはず。」 

「数年早く思春期がきたと思っておこう。」 

と、何とか気持ちが落ち込まない様に、考え方を変える努力をしていました。 
 
 
 
 
遊びに来てくれた姉が、帰り際に、 

「長男君の繊細さ、真面目さ、優しさが伝わる出来事が沢山あったよ、本人が辛い時期なのに、ずっと私(姉)に気を配り、最後は、どうもありがとう、と、抱きついてきたよ」 

「人といると気を遣いすぎ、疲れてしまうのかもしれないね」 

と、言っていました。 
 
 

 

こんな状況でも、私は、まだ、頭の片隅でフリースクールの事を考えていました。 

「あの、オルタナティブスクール、募集が始まるな」 

「本人が見学に行き、入学したいと希望しなければ入れないな」 

「まだ、早いかな」 

「いつか、元気に、回復する日がくるといいな・・・」 
 

 

今の私に出来る事は、何なんだろう。と、毎日考えていました。

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99 サッカー話題

サッカー話題 
 
 
 
2021.11.6 


 
長男が完全不登校になったその年、私は長男の所属するサッカーの学年委員をしていました。 

練習試合や大会の時には会場に行き、お世話をする役です。 

長男が不登校になり、サッカーに行かなくなっても私は希望して学年委員を続けていました。 

理由は、空いた穴を誰かが埋めなければならない事への罪悪感と、自分自身が、与えられた、やるべき事から逃げる事が嫌だったからです。

 

 

11月6日に大会がありました。

 

 

会場に行くと、 子供達が、私を見つけ、近寄ってきます。 

 

子供達:

「ねー、(長男の名前)は?」 

 

 

私:

「あー、ごめんね、今日来てないのー」 

 

 

子供達:

「えーーー!あいつ(長男)いなかったら勝てんやん!あいつは、最強だからな」 

「なんだよー、いねーのかよー」と言い立ち去っていきました。 

 

 

私は、なんとか笑いながら、 

「ごめん、ごめんー」と対応しましたが、家で、暗闇の中、ゲームをしている長男の姿と、元気に笑いながらサッカーをしている子供達の姿を比較してしまい、言い表しようのない、苦しい気持ちになりました。 
 
 

 

子供達の、その言葉を、長男に伝えるか、伝えないか、大会後に貰ったおやつを渡すか、渡さないか、とても悩みました。 

 

 

子供たちの掛けてくれた言葉が、長男の励みになるのか、それとも、思い出してしまい、また情緒が乱れるのか。よく考えた上で、私は伝える事にしました。 
 

 

 
長男の機嫌の良さそうな時に、さり気なく、 

「みんなが(長男)いないと、勝てない!来ないのかよーって残念がってたよー」と言うと、顔が曇り、下を向き、次男と娘に暴力を振るいました。 特に妹には酷く当たりました。 渡した大会のおやつにも一切、手を付けませんでした。
 

 

やっぱり、言うんじゃなかった・・・。 

行き渋りから完全不登校になり、些細な発言で長男の情緒が乱れる為、私は発言一つ一つに神経を使い、伝えていいのか、考えながら長男に話しかけていました。 
 
 

 

また、失敗してしまった。 

しばらくサッカーの話題も避けよう。 

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98 私に刻み込まれた理想の母親像

98 私に刻み込まれた理想の母親像
 

 


 
子供を産む前から、母には、「子供を産むと、母親は自分の時間は全てなくなり、何1つ思い通りにはならなくなる」と言われていました。 
 

 


外食もしばらく出来なくなる。 

行きたい所へも行けなくなる。 

全て子供中心で、自分を犠牲にして生きていく。 

そんな事を言われていました。  

 

 

私の受け取り方が極端なのかもしれませんが、子供を産んでから、子供を置いて、自分だけがどこかへ行く、自分のしたい事をするなどという事は、してはいけないことなのだと思い込んでいました。

 

 

実際、シングルマザーで働いている姉が、会社の飲み会等で子供を親に預け、帰りが遅いと、母は、とても不快そうにしていました。「子供がお母さんに会いたがっているのに、一緒に寝たがっているのに、自分が楽しむことを優先するなんて」 

そんな感じの事を言っていました。

 

たった、数時間の事なのに・・・

 

 

結婚前に、姉のたまの不在に対する、母のそんな反応を見ていた私には、ますます、母親は楽しんではいけないのだ、という価値観が頭の中で固定されていきました。 
 

 

そもそもが、早く結婚すると遊び足りないから離婚する、うまくいかない。と、何度も何度も言われていた私は、結婚する事にも躊躇いがありました。早く結婚したら、離婚するんだ、遊びつくした後に結婚しなければいけないのだ、今結婚したいなんて言ったら、絶対に許してもらえない。結婚するという事は、やりたい事を全て諦めるという事なのだ。私は勝手に、結婚へのイメージを固めていきました。 
 

 

母親たるもの、常に子供が幸せであるように、子供に合わせて、全力で自分の出来る事をする。そうでなければならない、そうでなければ認めてはもらえない、と思い込んでいました。 

 

 
私は、手間暇を掛け、大変な思いをすればするほど、母親として、しっかりやっている事になる、と信じていました。

 

楽をしてはいけない。 

とにかく、手を抜いてはいけない。 

元々の頑張り過ぎてしまう性格もあり、息抜きの仕方が分かりませんでした。 

 

 

私は長男を布おむつで育てました。 

外出先でも、旅行先でも紙おむつを使った事はありません。 

布おむつと決めたら「今日は旅行だから、紙おむつにしよう」という選択肢をもてないのです。 
 

 

少し頑張れば出来る事を、自分が楽をする為にさぼる事を許せませんでした。背中に誰ともない誰かの視線を感じ、頑張らない自分を許せない。自分に負けた気がするのです。 

食事も冷凍食品を買った事は一度もありませんでした。 コンビニの物を買って食べさせる、イオンなどの商業施設で食べさせる、そんな事も一切しませんでした。 手抜きをすることには、大きな罪悪感を抱いていました。

 

布おむつで、完全に手作りの料理。1日中外で遊ばせて帰って来る。本を読んだり、一緒に遊んだりは沢山しましたが、長男を膝に入れ、テレビを見ながらまったり過ごす。そんな大切な時間をあまり持てていなかったのではないかと思います。 
 

 

当時は、母親とはそうゆうもの、と思い込んでいましたが、今振り返ると、私はかなり、ストイックな性格だったようです。 

 

 

私の母も、子供の為に全力、そんな母親でした。 
 

 

私の、そんな理想の母親像を追い求めている姿勢は、夫や子供たちに、どう映っていたのだろう・・・。

 

 

気が付いていませんでしたが、私はとにかく、自分の母親から見て良い母親である様に、頑張っていたように思います。

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97 「良かった」と思える事

97「良かった」と思える事 
 
  
 
長男の反抗的な態度が始まってから、心労続きですが、一つ「良かったな」と、思う事がありました。息子たちの異変が今だったことです。 
 
 
 


長男は8歳、次男は6歳です。 

きっと、まだ立て直せる。 

大変な中、希望は捨てていませんでした。 
 
 
 

私は、もともとバカ正直で、うまく受け流すことが、とても苦手です。 

特に気を許した家族には、思っている事をすぐに口に出し、態度に出てしまいがちです。伝えずに、内に秘めておく事は、とても苦手でした。 

長男に話しかけられ、笑って話さなきゃ、と思っていても、どうにも受け付けなくて態度に出てしまいました。 
 
 
 

笑えない時は、態度に出さず、余計な事を言う前に、そっと離れよう。 

そう、決めてはいるのです。 
 
 
 

分かってはいても、毎日、24時間、精神の不安定な不登校児と過ごす事は、とても苦痛でした。 
 

 

訳の分からない要求ばかりをしてくる事への、苛立ち。 

この子は、どうなってしまうのか、という不安。 

無気力に、ゲームばかりしている息子への失望感。 

好き放題にさせる、という対応が、正解!と確信を持てない、自信の無さ。 

上手くやれない自分への苛立ちが、一番大きかった様に感じます。 
 

 

 

どの不登校克服本を読んでも、インターネットを調べても、「まずはお母さんが元気になる事です」と書いてあります。これには、共感できませんでした。

私は、専業主婦です。暴れ回り、異常行動ばかりする息子と、毎日、24時間関わっている母親が、元気がでるわけないのです。

当時の私は、「母親が元気になれば、回復する」という発想は、ただの理想論だな、と思っていたと思います。母親が元気を出す方法があるのであれば、教えてもらいたかったです。

 

 

あの子がどんなに異常な事をしても、私は動揺しないように、常に冷静でいよう。

感情的にならないようにしよう。

そんなふうに、いつも自分に言い聞かせていました。

 

 

毎日毎日、毎回毎回、何度も自分に言い聞かせ、毎回毎回、失敗する。 

上手く出来ない自分に腹が立ち、冷静になり、また、何とか立て直さなくちゃ、と思い直す・・・。

こんな事が、日々、繰り返されていました。
  
 

 

旦那さんに、理解して欲しい!と、期待しない様にしよう。

ゲームばかりの長男の姿を見ても、悲しくなる気持ちを捨てよう!

そう、割り切ろうとしても、無理でした。

旦那さんにも、長男にも、「こうであって欲しい!」と、期待し、いつも私の気持ちを、分かってはもらえない、と感じていました。

こんな生活から、何をどうしたら抜け出せるのか、そんな思いが、頭から離れませんでした。
 

 

それでも、「お母さんが大好きだ!」と甘えてくる可愛い時期に、情緒が大きく崩れてくれた2人を、何とか立て直そうと、私に出来る事は、何でもしていこう!と言う気持ちは、強く持っていました。 

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96 完全不登校突入後のお風呂事情

96 完全不登校突入後のお風呂事情 
 
 

 

完全不登校になり、しばらくすると、長男は、 

「僕は、もう、家のお風呂は卒業します」 

と、宣言し、我が家のお風呂場に、近づかなくなりました。 

  

 

その後、5か月程、長男は家のお風呂に入りませんでした。 
 

 

調子の良い時は、週に1回、銭湯へ行きました。 

2週間に1回、の時もあれば、1か月間、1度も銭湯に行けない事もありました。 

 

 

銭湯に行っても、待合室で待つことはできませんでした。 

 

ゲームを片時も手放す事が出来ず、お風呂を出たその瞬間にも、ゲームが手元に無いと落ち着きません。 

 

涙目になり、地団駄を踏み、パニック状態になります。 
 

 

下2人は、がちゃがちゃしたい、ゲームしたい、アイス食べたい、と子供らしくはしゃいでいます。 

 

夜はライトアップがとてもキレイで、遊び場もあり、娘はとても喜んで見ていました。 
 

 

長男と下の子2人の望み、両方同時に叶える事は、物理的に不可能でした。 

 

 

主人が長男と先に車に戻り、車内でゲームをさせて、待たせる時もあれば、下の子達に急いで遊んでもらう、もしくは、遊ぶのを我慢してもらい、急いで帰りました。 
 

  

毎回毎回、いつ、長男がパニックになるか、私はびくびくして、心がとても疲れました。 

下の子達の無邪気な要求を聞いてあげられない事に、心が痛んだ事を、よく覚えています。 
 

 

待合室に同年代の子供がいると、長男は、必ず酷いパニック状態になりました。 

眼に涙を溜め、同年代の子達から隠れ、連れてきた両親に攻撃します。 

「何してるんだよ!」 

「早く帰りたい!」 

「何で来たんだ!」 

どちらかの親が、すぐに車に連れていきました。

そんな時は、車中で待つこともできません。即座に出発し、その場を離れなければ大パニックになりました。 

その度に、下の子達は急かされ、望みを聞いてもらえず、ただただ諦めて帰るしかありませんでした。 
 
 
同じ様な事が、毎回毎回起こるので、最終的には2台の車で銭湯に行くようになりました。 

長男はお風呂だけ入り、すぐ帰宅。 

下2人は、ゆっくり遊んで帰る様になり、少し心が楽になりました。 
 
 
 

 

冬になり、しもやけ体質の長男の足先は血流が滞り、紫色になり、とても冷たかったです。 

 

私は持ち運び用の、体が芯まで温まる足湯を購入し、毎晩、長男の足を温めました。 

 

ソファから動かない長男の足元に、足湯を運び、私が、片足ずつ持ち上げ、足をお湯に入れていく。長男はピクリとも動きません。

 

足湯をやっている間も、長男は下を向き、ずっとゲームをしていました。 

 

長く伸びきった髪が、長男の顔を覆って表情が見えません。 

 

ソファに座り、首を直角に曲げて、無心でゲーム画面だけを見ています。 

 

ただただ、ただただ、ただただ、無心でゲームをしていました。 

表情はありません。

ただただ、ただただ、ずっと、息子は、ゲーム画面だけを見続けていました。 
 
 
 

30分ほど、足湯をして、ふくらはぎから下をマッサージしながら洗っていました。血流が戻った足に、靴下を履かせ、足元を温めました。

 

 

そうしなければ、ただ、ソファに座って、夜中までゲームをしている長男の足先は、すぐに冷え切ってしまうからです。


 

お風呂にも入らず、着替えも一切しませんでした。 

歯磨きもせず、顔も洗わない。 

とにかく、ゲーム以外は何もしなくなりました。 
 
 

 

 

不思議だった事は、1か月お風呂に入らず、頭も洗っていないのに、長男の頭からは異臭がしませんでした。 

私の思い込みかもしれませんが、当時の長男は、身体的生理機能が全く働いていなかったのではないかと思います。 

長期間お風呂に入らないのに、異臭がしないのは、不思議な感じがしました。 

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95 ゲームが届いた日

95 ゲームが届いた日 
 
 
11月1日にゲーム機が届きました。なぜか私は、意味もなく、 

「サッカーの大会行く?行かない?」 

と、聞いてしまいました。 
 
 


 
 
その質問の後、長男は次男を、ぼこぼこに殴りました。 
 
・・・ 
・・・ 
・・・ 
 
お昼の郵便で、ゲームが届きました。 
 
 
 
 
11月1日 
世間一般的には遅すぎるであろう、我が家のゲーム生活がスタートしました。 

 

 


 
11月1日(初日) 12時から24時  12時間 休憩無し 
11月2日     朝9時から25時   16時間 休憩無し 
11月3日     朝11時から24時 13時間 休憩無し 
11月4日     朝10時から25時 15時間 休憩無し 
11月5日     朝9時から25時   16時間 休憩無し 
 
 
・・・・・・ 
 
 
ゲームが来てから、長男は、まともに食事を摂らなくなりました。 

ただただ、取り憑かれた様に、ゲーム画面だけを見ていました。 

想像していたよりも、どっぷりゲームにはまり込む生活がスタートしたのです。

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94 少しずつ固まっていく決意

94 少しずつ固まっていく決意 
 
 
 
娘を実家に預け、昼間、長男と2人で居ると、とても落ち着いていました。 

 

 

私と長男の2人だけ、この空間が、今の息子には、必要な気がしました。 
 
 

 


注文したゲーム機が届くまでの間、スマホを渡し、自由に使わせていると、次男と仲良く話し、よく、笑っていました。  
 
 


 
その姿を見て、何度も何度も、何度も何度も、覚悟を決めなければ!と思うのです。 

 

 

 

「もう、開き直り、とことん、付き合おう」 

「好きな様に、させよう!」 

 

 

 

その方が、いい子になるはず!一生懸命、自分に言い聞かせていました。 

 

 

それでも、やはり、どうなってしまうのかが怖くて、中々開き直れません。
 

 

 

 

4月から、娘は幼稚園です。 

娘が、昼間幼稚園に行けば、上手く回るかもしれないな。

娘とも、一緒に住めるかもしれない! 
 

 

 


 
しばらくの間、長男はゲームにどっぷりハマる、と思っておこう! 

 

 

もう、どうとでもなれ!と思おう! 

 

 

 
 
長男は、もともとマイペースで、自制する事が苦手な様でした。 

年齢の問題ではなく、自制が極端に苦手な子だと思います。 

ゲームも、好きなだけやらせた方が、効果がありそうでした。 
 

 


 
 
長男に、年長の次男には、まだゲームが早い事を伝えると、 

「次男が帰ってきたら、消す、か、お父さんの部屋に移動する」 

と言ってくれました。 
 
・・・ 
・・・ 
・・・ 
 
次男にも、基本的には注意せず、甘やかしていると、落ち着いており、 

「明日も1番に幼稚園に行きたいな」 

等の発言が、出る様になりました。 
 
 

 

 

正直、まだ心に何か引っ掛かりはあるものの、2人共、自由にさせた方が、よさそうだな。 

と、頭では、分かっていました。

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93 理想の家庭像

93 理想の家庭像 
 
 

 


子供を産む前、私には理想の家庭像がありました。 
 
 

 
みんな仲が良く、自分の部屋には行かず、リビングに家族が自然に集まる家庭。

 

そんな理想がありました。

 

居心地の良い子供部屋を与える事にも、抵抗がありました。 

 

実際、私自身が、そんな家庭で育ちました。 
 
 

 

 

主人は真逆です。 

皆、個々に部屋にいる。 

家族でも、相手の事に立ち入らない。 

そんな家庭で、主人は育ちました。 
 
 
 

 

主人にとって、自分の部屋がない、と言うのは、 

【死に値する】 

と、言っていました。 

 

それほどに、1人の時間、空間が必要な人です。 
 
 
 
 
私たち夫婦は、育った環境も、もっている価値観も違い過ぎました。 

 

私は、何かにつけて、自分の描く理想像を持ちすぎていました。 
 
 
 
 

長男に関しては、 

引きこもりは怖い。

それでも、一人部屋を作り、落ちつく空間を用意し、ゲーム類を並べる棚を作り、長男だけの場所を作ろうかな。 

と、考えはじめていました。 
 
 
 
 
理由は、幼い下の子達まで、ゲーム漬けになる事は、絶対に嫌だからです。 

 

長男の部屋を作り、そこでゲームをしてくれたら、下2人への影響は少なくなる。 

2歳の娘が、長男の物を触り、怒られることもなくなるはず。 

リビングに長男がいないので、私のストレスも減るはず。 
 
 
 

 

もう、好き放題やらせよう!と覚悟しつつありました。

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92 強い嫉妬心

92 強い嫉妬心 
 
 

 

2021.10.月下旬 
 
 
長男が、夜中に枕を殴っていました。 
 
 
 
私が、 

「何してるの?」 

と聞くと、 
 

 

長男は、 

「妹を殴ってた、あいつ思い出すと、むかつく、見るだけでイラつく」 
 

 

・・・ 
 

 

妹が不在にも関わらず、ずっと妹の文句を言っていました。 
 
 
 

 

嫉妬なの? 
 
 

 

 

以前、幼馴染み3家族で、海外旅行に行きました。 

帰宅後、私が、「またいきたいね!」と、言うと、 

長男は、「嫌!お母さんが、ママ達と話していて、僕と話さないから、嫌」 

と言いました。 

 

 

その旅行で、私は長男と沢山遊んでいました。 

長男も、友人たちと、毎日毎日、大はしゃぎで遊んでいました。 
 
 

 

小さい頃は、弟を抱っこする事を許さず、可愛がられる妹を虐める。 
 
 

 

幼少期、毎日外へ連れ出し遊んでいた事を、 

「楽しかった?」 

と聞くと、 
 
「楽しかった」 

「でも、お母さんは、弟といたよね」 

「弟を抱っこしていて、僕とは遊ばなかった」 

「僕は、お母さんと遊びたかった」 

「だから、楽しかったけど、寂しかった」 

「お母さんは、僕と遊ばないから、悲しい」

と言いました。

 

どうしたら、この子を満足させられるのだろうか? 

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91 藁にもすがる思い

91 藁にもすがる思い 
 
 
 


一般的な相談所には行き尽くし、どこも、解決策を教えてくれないと気が付いた私は、
 
 
・家から1時間以上かかり、1時間7000円の占い 

・中々予約の取れない1回5000円の姓名判断(印鑑屋) 

・1時間10000円のオンライン不登校相談 

 

手当たり次第、自分を安心させてくれる場所、を探し求めました。 

 
 

 

占いでは、 

・発達障害と健常児の境界線 

・18歳の頃には落ち着く 

・異常に負けず嫌い 

・弟と同じ習い事で競争させない方がいい 

・気が小さすぎる 

・学校は嫌いじゃないけど、周りの目を気にしすぎ 

・学校には行かないんじゃないかな、この子? 

・気持ちを表現できないから、楽器などで感情表現させて 

と言われ、 

 

 

「やっぱり、発達障害なんだ!」 

「やっぱり、病的に負けず嫌いなんだ!」 

「やっぱり、感情表現が苦手なんだ!」 

と、信じ込みました。 
 

 

 

 

 

姓名判断では、 

・一筋縄ではいかない子 

・この、漢字が良くないんだよね、改名する? 

・印鑑つくるとお守りになるよ 

と言われ、印鑑を作るか検討し(結局作ってません) 
 

 

 

 

1時間、10000円のオンライン相談では、 大学生のお兄さんとゲームをする事で、心が解けて、少しずつ回復するパターンもある、と言われ。 
 

 

「1時間10000円か!回復するなら安いな!」

と、訳の分からない金銭感覚に陥り、 全ての事を真に受け、頭の中で、何が何だか分からなくなっていました。 

 

 

今考えると、馬鹿らしいのですが、当時はまさに【藁にもすがる思い】 で、全ての事が、息子に当てはまる様に感じ、全ての事を試してみたいと思っていました。 
 

それ程に、私は、正常の様で、正常ではなかったのだと思います。

 

そして、そんな私を止める人もいませんでした。

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90 安心感の生まれ方

90 安心感の生まれ方 
 
 
 

子供の気持ちに耳を傾けていると、可愛いな、と思えてきました。 

 

次男が生まれてからの子育ては、ただただ大変でした。 

 

楽しみながら子育てをしてはいませんでした。 

 

「楽しませなきゃ!」と、思いながら子育てしていました。 

 

私は子供が嫌いなのかな? と思う事もありました。 
 
 
 
 

お義母さんは遠方に住んでいる為、年に一度しか会いません。 

コロナ渦もあり、3年ほど会っていません。 
 
 
 

優しく、芯の強さを持っているお義母さんは、 

「不登校はどうでもいいよね、まず、親が元気になることよね」 

と、私に言ってくれました。 
 
 
 
 

真面目で、一生懸命な私の母は、私よりも心配そうでした。 

「どうしたらいいんだろうね」 

「困ったね」 

「大変だね」 
 

 

 

母は、孫の不登校のことも、その事で精神的に不安定になっている私の事も、すごく心配してくれていました。
 
 

 

上の姉はいつも、 

「絶対大丈夫だよ。分かるもん!」 

と、在宅ワークのパソコンに集中しながら、カラッとした感じで励ましてくれました。 

 

「私、あんまり外さないよ」 

「根拠はないけど、長男君は大丈夫だと思うよ」 

 

大変な人生経験をしている姉が、重くなく、軽くもなく、 

「大丈夫、大丈夫!」 

と言ってくれると、私の情緒が安定しました。 
 

 

 

その反応から、学びがありました。 

「子供も同じ心理なのかな?」 
 

 

 

「大丈夫だよ!」 

と信じてくれる人といると、安心するのかな。 
 

 

 

私は、子供に、安心を与えて育ててきただろうか? 

気持ちを受け止め、包み込むように子育てしていただろうか? 

私の不安、怒り、苛立ちを、子供達に伝染させてはいなかっただろうか? 
 
・・・ 
 
圧倒的に後者でした。 
 

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89 医療センターの日

89 医療センターの日 
 
 
2021.11.1 
 
 
出発直前まで、どう長男を連れて行くか考えていました。 

結局、寝ている長男を抱っこし、車に乗せ強行突破です。 
 
 
 
朝早かった事もあり長男は車中、ずっと寝ていました。 
 
 
 
到着し、寝ている間に手続きを済ませました。 

 

 

呼ばれる5分前、 

頭がボサボサで、寝ぼけた長男を、診察室前に連れて行きました。 
 
 
長男: 

「は?」 

「なに?」 

「どこ、ここ?」 

「・・・」 
 
 
 
診察の時間になると、畳の部屋に通されました。 

主治医の精神科医、臨床心理士、学生の様な臨床心理士さんも2人いました。 
 
 
 
 
日当たりが良く、ポカポカした部屋で問診が始まりました。 

私が、予約時に記入した問診票は6枚。 

事細かに幼少期の発育歴を書く欄がありました。 
 

 

 

こんなこと、覚えていない!という質問がほとんどです。 
 
 
 
それを、ペラペラめくりながら、主治医の先生が長男に話しかけました。 
 
 
 
主治医: 

「長男くん、はじめまして」 
 
 

長男: 

「・・・」 

主人の腕を掴み「何これ?」 
 
 

主人: 

「ん?」 
 
 

主治医: 

「長男くんのこと、色々教えてもらおうと思うけどいいかな?」 
 
 

長男: 

「嫌だ」 

「怠い」 

「つまらない」更に強く、主人のうでをつねりました。 
 
 
 
主人が、 

「痛たたた・・・」 

と身体をひねっていました。 
 
 

 

長男は、 

「ねー、なにこれ」 
 

と言い、私を睨みつけ、部屋から出て行きました。 
 
 
 

心理の先生が別室で心理検査をしようと長男を誘いました。 

 

 

長男は、断固拒否し、 

「病院内にいるのも嫌だ!」 

と言い、主人と外へ出かけました。 
 
 
 

私だけ、部屋に残りました。 

 

 

長男が部屋にいた時間は数分です。 
 
 
 

主治医 :

「本人、無理ですね・・・」 
 
 
 
主治医の先生は、問診票にかかれた発育歴を一つ一つ確認し始めました。 
 

 

今の状況を話そうとすると、主治医の先生は、こう言いました。  

 

・問診票に沿ってこちら(主治医)が質問をします

・時間内に、全ての質問が終わらない可能性が高いです

・今の状況を聞く時間はありません

・次回は12月3日 

・その日は問診票の質問の続きをします

・発育歴を分析します

・偏りのある性格を、どう組み込み、上手く付き合っていくか、の指導になります

 

 

ただただ、問診票に書いた内容を、主治医が確認し、その日は終了しました。 

 
 
 
長男は、親への不信感を露わにしていました。 

 

 

主人は、

「ここ意味あるの?」 

と、私に聞いてきました。 
 
 

 

「私が知りたいわ」 

と言いたい気持ちを抑え、 

「有名な病院だから、きっと解決策を教えてくれるはずだよ」 

と言い、帰路につきました。 
 
 
 

 

あれ程待ち望んだ医療センターも、結局意味がないの? 

解決策どころか、今の状況も話せませんでした。 
 
 
 
長男は、 

「2度と行かない!」 

「絶対行かない!」 

と、断固拒否しました。 
 
 
 

次は1か月後、、、 

結局解決策は分からない。 

もう、克服ママの方法を実践するしか選択肢がないじゃん! 
 
 
 

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88 キャンプ場にて

88 キャンプ場にて 
 
 

 

2021.10.30.31は海辺のキャンプ場に行きました。 

子供にペースを合わせると、出発予定の8時半から大幅に遅れ、昼過ぎになりました。  
 


 
 
行き道、主人は長男にゲーム解禁を伝えました。 

約束事は、特にしていません。 

長男は大喜びでした。 

次男は、「僕は?」と、複雑な顔をしていました。 
 
 
 

 

長男は頭の中がゲームに支配されていました。

海の見える、そのキャンプ場で、ずっとゲームの話をしていました。 
 
 
 

長男: 

「お母さん!」 

「お母さん!」 

「これ知ってる?」 

「これは?」 

「売ってるんだって、知ってる?」 

 

 

 

ゲームの話しかしません。 

一呼吸もおかず、話しつづけます。 

エンドレスです。 
 
 
 

その日、ネット購入したのは、

・3DS本体

・DSのソフトは8個

 

 

 

購入後も、

「これ欲しい。」

「これも欲しい。」

と、ネット画面を見せてきました。 

 

 

当時、長男が欲しがったゲーム機は、なぜか3DSでした。 
 
 

 

良かれと思い、我慢させてきた反動なのだろうか? 

自制できない病気なのだろうか? 
 
 
 
次男は火で遊んだり、子供らしく楽しんでいました。

長男は、ケビンの押入に閉じこもり、ずっとスマホでDSのソフトを探していました。 

 

 

主人も、

「取り憑かれてるみたい、なんか怖いね・・・」

と言い、顔が引き攣っていました。 

 

 

 

「これも」 

「これも」 

と言い続ける長男の姿は、私を不安にさせました。 
 
 


  
今までの頑張りは、何だったのだろう。 

何の為に、頑張って我慢させてきたんだっけ? 

しんどくても、暑くても、寒くても、毎日外へ連れて行った日々は無駄だったのかな?


 

 

長男の会話に相槌を打っていましたが、この先どれ程ゲームに没頭するのだろう、と言う不安と、永遠に続く同じ話にうんざりし、私は席を外し、1人で海を見にいきました。 

 

 

肌寒い日で、暗闇の中で聞こえる波の音が心地よく、脳内のもやもやを消してくれるようでした。 
 

 

 

繰り返し、繰り返し、ずっと、同じ話をしているな。 

相手の気持ちは考えないのだろうか? 
 
 
 

その日は、ログハウスの鍵を開けるのは僕のみ! 

と決めているようでした。 

鍵を、絶対に誰にも渡しません。 

あー!いちいちめんどくさい! 
 
 
 

 帰りの車の中で長男はご機嫌でした。 

「ゲーム買ったら、友達とゲームの話出来るなー。」 

と嬉しそうでした。 
 

 

それを聞き、私は後で主人に、 

「やっぱり、ゲーム話題についていけなかったことが、大きい原因なんじゃない?」 

と言いました。 
 

 

主人は、 

「最初から言っているけど、原因探したり、理由探す事に意味はない。根っこだと思うよ。」 

と言っていました。 
 

 

 

私は主人の言ったその意味を、あまり深く理解していませんでした。 
 
 
 

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87 得体の知れない不安感

87 得体の知れない不安感 
 
 
 
2021.10月下旬 
 


遠足の日以来、長男は、ずっと怠そうでした。 

身体を引きずりながら歩いている事が増えました。

ことある毎に「遠足に行きたかった。」と言い、昨晩は夜中まで泣き続けました。 
 
 
 

次の日、お昼近くに起床した長男に、 

「次男と公園いくよ!」 

と、誘いましたが行きませんでした。 
 
 
 
「youtubeを見てみたい!」 

と言うので、パソコンを渡し、次男と出かけました。 

 

 

その日が長男にとって、初めてのyoutubeだったはずです。 
 
 
 
18時過ぎ、帰宅すると、出発時と同じ体勢でパソコンを見ていました。 

机に置いた食事には、手を付けていません。 

 

 

うわぁ、6時間ずっと見ていたんだ・・・ 

 

 

当時の私にとって、6時間は信じられない程長い、デジタル時間でした。 
 
 
 

克服ママとのラインを、繰り返し、繰り返し、読んでいました。 

落とし込め!落とし込め!と熟読し、イメトレしていました。 

少しずつ脳に馴染み、だいぶ覚悟ができてきました。 
 
 
 

ゲームで満たせば、下の子に暴力を振るわないかもしれない! 

そしたら、娘と暮らせる! 
 
 
 
 
「学校に行かなくても、大丈夫なんだ!」 

と、割り切ると、楽になりました。 

楽になったり、急に不安感に襲われたり、その繰り返しでした。 
 
 
 
 
自分が、何に囚われているのか、よく分かりません。 

何に対して不安になっているのだろう? 

なぜ、学校に行って欲しいのだろう? 

そもそも、何の為に学校って行くんだっけ? 

私は一体何を求めているのだろう? 

この、得体の知れない不安感はどこから来るのだろう? 

そんな疑問が頭の中に浮かび始めていました。 
 
 

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86 覚悟が出来ない

86 覚悟が出来ない  
 
 
 
学校(居場所)探しは継続していました。 

 

 

当時の私はこんな事を思っていました。
 
・電話応対が良かったオルタナティブスクールがいいな

・3ヶ月以内に募集があるかもしれないと言っていたな

・3ヶ月か・・・すぐだな、焦るな

・専門家の話を聞き公立はあの子には向かないと判断しよう
 
 
 
毎日ラインで相談する私に姉は:

 
・内容は良さそうだけど、通学が大変じゃない?

・不登校が始まって1ヵ月しか経っていないし、まだ様子見でよくないかな?

・少しずつ前進していることない?

・その件も医療センターで相談してみてはどう?

 

と助言してくれていました。  
  
 
 
長男はゲームを買ってほしくて私を竹でずっと叩いていました。  

 


そんな長男の姿を見て私はこう感じました。
 
・ゲームを与えるタイミングを逃してしまったな

・小さなうちから自由にゲームをさせておけばよかったのだろうか

・長男の目が怖いな

・叩かれていて、痛いな
 
 


 
先日相談した息子さんを不登校から克服させたママに相談しました。 
  
 
 


ママが私に教えてくれたのは、次のような事でした。


・行き渋りが始まった頃、布団にくるまり、起きてこない息子を叩き起こし、「学校へ行け!」と、怒鳴りつけていた 

・息子はどんなふうに育ち、どんな子になるのか震える程不安だった 

・パパからは、まずは心を満たすため、ママは、本人の望みを全て叶える様、アドバイスがあった

・パパのアドバイス通り、どんな要望も快く聞き続けた

・アドバイス通り、要望を叶えれば、いずれ良い子になるのでは、と期待があった

・要望を聞き続けたら、エスカレートするだけではないのか、と不安もあった

・継続した結果、1年半後、中2の夏休みに本人から「学校へ行く」と、言い出した 

・不登校開始から2年経過した、中3始業式から宣言通り復学した 

・ゲーム依存症になってもいい、と割り切ろう

・わがままを聞き続けても、わがままにはならない

・子供は愛されている、大切にされている、何でも気持ちを聞いてくれる、決めつけられない、等を永遠にやっていると変わりだすよ、身をもって体感したよ!
 

 

 
克服パパは、育児について、次のような考えをもっていたそうです。
 

・本人の意思を尊重しよう

・気持ちをしっかり聞いてあげよう

・嫌がる事はやらせないようにしよう

・ママは本人の要望を全て受け入れる様に

・どんな無理難題でも絶対に聞こう

・聞く事で、親は自分の気持ちを大切に受け入れてくれていると感じるはず

・子供はどこまで親が許すのかを試している

・要望を聞く事はしばらくお金が半端なくかかる

・それでも、全て要望を聞く様に

・学校は行きたいなら行った方がいい

・行きたくないのなら行かなくて良い

・無理に行かせても余計に学校が嫌になるだけ

・心を壊し仕事まで出来ない大人になる方が困る

・本人が行きたくなるまで待とう

 

 

克服ママの話を聞いても、半分以上、消化できず、次のような心配が沸き起こってしまいました。
 
・永遠にこのまま?

・1、2年の間だけ。高校は行く。等未来が見えていたら平気

・本人も8歳、下の子達への影響が気になる

・長男に相談しながら約束は作りたい 

・昼間ずっといるので、長時間ゲームと言われそう
 
 
 

 

不安な気持ちを話すとママはこう言いました。
 
・同じように思った時がある

・完璧に過保護にした子だけが満足し、納得し立ち直っている

・約束を守らせる事は意味がない

・自分で決めさせ、自分で動かす事が重要 

 

 

私は実家近くに引っ越したい事を伝えました。 

 

 
理由は以下です。


・不安定な3人の子供達としっかり向き合って育児する事が限界

・長男がインターホンが鳴ると激しく怯える

・長男が転校したいと何度も訴えている

・サポーターが居る事で私自身が安定する

・助けてもらえば子供達が健やかに育ちそう



 


 
それを聞いたママはこう助言してくれました。


・夫婦が離れるのは反対 

・自分のせい!となり兼ねないよ

・お父さんが大好きなら尚更良くない 

・ただし、ママ(私)のメンタルが限界なら優先順位を考えるべき

・踏ん張れるなら夫婦は一緒が良い
 

 

私はぼんやり、こんな事を思っていました。
 
長男は友達もゼロになるしな・・・

引っ越すなら4月から次男小学校入学のタイミングに合わせたいな

家を買っちゃった!しまった!

 

 

 
  
  
  
娘の幼稚園、次男の小学校、長男のフリースクール、実家近くを調べ始めました。  


どれ程克服ママの話を聞いても私は完全自由にする覚悟がなかなか出来ませんでした。 

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85 身近な人たちの意見

85 身近な人たちの意見  
  
  
  
主人に、克服ママから、過保護にすると良い、と言われた事を伝えました。 
 
  

伝えた時の、主人の反応はこうでした。


・過保護にする事は大賛成 

・注意しなくていいなら気持ちが楽  

・躾が苦手な為、むしろ嬉しい 
   
  

 

私は、こんな事を思っていました。
 
・下の子への影響を、考えながらルールを、本人に作らせなければ 

・全て、本人に決めさなければ 

・テレビやゲームを、何時間にするか本人と相談しよう

・長男以外の家族がテレビ見れる様にするにはどうしたら良いか本人に聞こう

・自己中心的な回答だとしても今は受け入れよう 

・繰り返し繰り返し改善されるまで同じ質問をしていこう

・その都度考え、試行錯誤しよう

 

  
  
 
義理の母から主人に再度メッセージが届きました。
  
・学校は行かなくていい 

・家族でゲームを楽しめばいい 

・家庭を本人が生き生きする場所にする 

・ありのままを受け入れる  

・わがままを聞く 

・信頼を取り戻す 

・ほめる  

・自分で考えさせる 

・皆違って、それでいい

・本人希望なら祖父母宅でゆっくりする事も可 

・相手を変えたければ自分が変わらなければ絶対に風向きは変わらない  

・不登校の子ではなく、人間として接する  

・1人の人として大切に温かく接する 

・現状から決して逃げずに解決方法を2人で探す

・方向を決めたらブレずに進んで行けば必ず良い方向に向かうと思う 

・頑張れ!  
  

義理の母はいつもこんな感じでした。  

とても温かく、とても優しい。  

長男が学校に行かない事にも全く動揺しなかったそうです。 

不登校後に出会ったどのカウンセラーよりも的を得ている気がしました。 
 
  

 

  
実家の父も姉にこんな事を言っていた様です。
  

・とにかく、心身を壊さない様に

・不登校の件は、長男の好きにやらせたらいい 

・開き直ればいい 

・自信持って、好きな様にさせたらいい  

・色んな人がいて当然  

・辛い時はいつでも頼りなさい  

・自分が壊れてしまうなら、逃げたっていい
  
  

 

私は環境に恵まれていました。  

誰一人何故学校に行かせないのだ!  

お前が甘いからだ!  

わがままにさせるからだ!  

等の否定をする人はいませんでした。  
  

 


身近な親族全員が温かく、手助けする姿勢を見せてくれていました。  

それだけで、心が軽くなりました

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84 寮を薦められる

84 寮を薦められる  
  
  
 
  
2021.10月下旬  
  
  

姉から聞いた話です。

 

「臨床心理士さんの中3の娘さん行き渋り。塾は行かなくなって成績ガタ落ち。家で寝てばかりいるって。病むよ、妹さんの気持ち分かる、て言ってた」  

  
  
それを聞いて私はこう思いました。
 
・相談に乗る側の臨床心理士さんが親でも不登校になるの? 

・なんで? 

・誰が解決策を知っているの? 

 

 

 

長男は、眠い眠いと機嫌が悪く、小さい子の癇癪の様でした。

疲れ、ストレスで感情コントロールが出来なくなるのだろうか。

休日は皆んな休みだから気持ちが軽くなるようでした。

 

私は長男に対し、

・わがまますぎる

・無理難題の度が過ぎている

・イライラしてしまう

と、感じていました。

 

 

 

私が吹っ切って明るくしなければ!
  
 
  
  
先日公園で会った不登校の娘さんを抱えるママが相談先を紹介してくれました。  

NPO法人の方です。 

発達に偏りのある子供が伸び伸び過ごせる空間を作る活動をされていました。  

旧自宅を開放しイベント等をしていました。 
  
  

  
息子の状態を話ました。  
  
  
 
あまり記憶にありませんが覚えている会話は以下です。 
 
・とにかく抱きしめてあげて 

・息子が発達に偏りがあり学校で虐めを受けていた 

・息子は虐められている事に気が付いていなかった 

・家ではいつも息子とぶつかっていた 

・色々難しく関係が悪化の一途だった  

・旦那は子供達が幼い頃に亡くなっている 

・1人で子育てをしていたから、わーーーーっとなっていた 

・息子の成績がとても良く、中学から全寮制を薦めた 

・息子は気に入り、無事合格し寮生活 

・以後一緒に暮らしていない 

・娘からは逃げたね、と言われるが選択肢は無かった 

・あのまま暮らしていたらお互い不幸だった  

・あなたの息子さんも寮も考えてみたらどう? 
 
と言っていました。  
  
  
  
NPO法人の方の長男に対するアドバイス: 
 
・抱きしめる 

・下を殴ろうとしていても、下を庇うのではなくその子を抱きしめる 

・ゲームは、、、依存症になる 

・それが怖い、抜けれなくなる 

・ゲームは薦めない 
  

そんな話だったと思います。  

急なアポイントだったので子供達は友人の家に急遽預けました。  
  
 

 

NPOの方: 
 
「工作が好きなら面白いブロックがある。息子さんと作ったら?」  

と未完成のニキーチンの積み木を見せてくれました。  
私はそれを購入し家に帰りました。  
  
  
その日の夜息子は早速夢中になって積み木をどんどん完成させていきました。  
 
 

長男: 


「お母さん、出来たよ!」 

「これも出来た!」 

「すぐ出来るよ!簡単だよ」 

「見てみて!」 

 

 

次の日長男と一緒に無色だった積み木に色を塗り遊びました。  

  
 
  
  

 

 

 

今回の相談で私はこう感じました。
 
・ゲームは依存になると言われた、どうしよう 

・寮に入れ、子供と離れる事は私には出来ない  

・あまり心の動く相談場所ではなかった 

・やはり克服ママのやり方しかしっくりこない 

・でも、完全自由にする覚悟も出来ない 
 


  
寮を薦められたことに、主人はこう意見しました。
 
・寮に出したら楽だろうね 

・それでも今の信頼関係のまま寮には行かせられない 

・今寮に入れたら2度と長男との信頼関係は築けない 

・厄介払いしてはいけない 

・子供がそれを感じ取った場合修復は不可能 

・元気で、本人が強く希望なら賛成 

・今は違うと思う

・親との信頼関係をしっかり築く事が先 

  

 
そうだよね、私も同じ意見でした。 

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83 学校でのゲーム話題

83 学校でのゲーム話題
 

 

2021.10月下旬 
 
 
長男の学校探しは継続していました。 

今は行かせたら悪化するのではないか? 

時間が経ち、高学年になると行き辛くなるのではないか? 

焦るな。 

困ったな。 

どうしよう。 
 

 

 
 
長男はよくこんな事を呟いていました。

・自由な学校に行きたい 

・宿題がない学校がいい 

・女子がいたら、嫌だ

 

 

今はどこにも行きたく無さそうでした。 

 

私は公立ではなくフリースクールや自由な学校が良いと思っていました。 
 

 

行き渋りの時よりは荒れない。 

基本穏やかでした。 

学校を断絶したからだろうか? 

 

 

家が平和でした。 

 

 

学校に戻したくない、子供が荒れる生活はもうごめんだ! 
 
 
 
 
私: 

「みんな、学校でゲームの話とかするの?」 

 

長男:

「ゲームの話しかしてないよ」 

 

私:

「みんながゲームの話してる時、分からないよね?」 

 

長男:

「うん、全然分からないよ」 

 

私:

「辛くなかったの?」 

 

長男:

「別に、全然、知らない事知れるから面白いよ」 

「楽しく聞いてるけど、段々頭が怠くなって席を離れたりしていたよ」 

 

私:

「そうなんだ、買ってって言えばよかったのに」 

 

長男:

「言ったら買ってくれたの?」 

 

私:

 「あ・・・」 

 

長男:

「ゲームの話は分からないから、僕折り紙頑張ってたんだよ」 

「むちゃくちゃ難しいのを作っていたんだよ」 

「でも、折り紙に興味を示すのなんてほんの一瞬なんだよ」 

「すぐ、ゲームの話になるんだよね」 
 

 

 

長男は一時期、毎日毎日、むつかしい折り紙を折っていました。

細かい作業が得意で丁寧に一生懸命折っていました。

友人に頼まれている様でした。

私は、今どきの、ゲームばかりしている子供ではない事を喜んでいたと思います。


 
 

娘を実家に預けてからの長男は安定していました。 

全く反抗してきません。 

 

 

娘が不在でも娘批判はずっとしていました。 

「うざい、うるさい、ブス、デブ」 

娘の事を皆が可愛がるから嫉妬しているのだろうか? 

不思議と次男とは喧嘩しませんでした。 

 

 

 
私との会話も成立しておりとても優しくいい子でした。 

娘と一緒に暮らしたい。

それでも、長男を立て直すには今の環境が良いのではないか? 

1対1の時間を大切にしなくては! 
 

 

家では安定していましたが人に敵意がありました。 

すれ違う人、同じ空間で遊んでいる人を否定ばかりしていました。 

以前は優しい発言ばかりする子でした。 

最近は友人に俺はあいつらのおもちゃじゃない。 

近所の子が来てくれても面倒な奴が来た。 

まるで別人のようでした。 
 
 

 

学校を休む様になってから以前の様に泣き叫び荒れ狂う事はありませんでした。 

私自身がしっくりきた相談相手は不登校克服ママだけです。

他の相談機関はきれい事ばかりです。

現実的ではありません。

お母さん大丈夫ですか?

それは大変ですね。

・・・

・・・

大変なのは私なのだろうか?

子供を救おうと言う熱量がないのです。 

加速させない様に。

子供をどう制そうか。

どう子供を上手くコントロールしようか。

親が楽になる方法を考える。

そんな感じでした。

 

 

不登校克服ママのやり方をするしかない。 

腹を括ろう。 

分かっている。

それしかないはず。 

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82 ゲームを与えるのか問題

82 ゲームを与えるのか問題 
 
 
 
 
何だか私はすごい子を産んでしまったのだろうか? 
 
長男はゲームの事しか頭に無い。 

泣いてゲームを買え!ゲームを買えしか言いません。 

ゲーム依存に陥る事を恐れている私は快諾出来ずにいました。 
 
「しね!」 

「殺す」 

「次男死ね!」 

「殺す」 

そんな言葉を永遠に言い続けています。 
 

 

 

我慢が全然できない! 

昨日はとても穏やかだったのに! 

望みが叶わなければすぐに暴れ出す。 
 
 

 

取り憑かれた様に 

お母さん 

お母さん 

お母さん 

お母さん 

お母さん 

お母さん 

お母さん 
 
ずっと言っています。 

もう・・・参る・・・ 
 

 

 

長男が、また、荒れ始めました

「馬鹿どもが」 

「あほ死ね」 

「死ね死ね」 

物に当たり、ずっと暴れています。 
 
 

 

精神病患者の様だな・・・と、唖然としていました。
 
 

 

 

以前相談した不登校ママに相談しました。 

ママは長男の状況を聞いて、再度、アドバイスをくれました。

 

・ゲーム買った方がいい!

・依存の心配より満たす事に集中したほうがいい

・信頼関係をまず作る

・一時期依存するけど大丈夫

・好き放題やらせた方が立ち直り早いよ

・昼夜逆転にも意味がある 

・不登校児は昼間、みんなが活動している時間帯に罪悪感で辛い 

・みんな休んでいる夜は、罪悪感が無くなる 

・心軽くなるんだよ! 

・親がルールや躾を譲れない、夫婦喧嘩する、そんな家の子が立ち直ってない  

・とにかく過保護に            

・バットで液晶テレビを割る程荒れた時期があった

・裸で近所を走り回っていた!

・脱ぎ捨てる服を拾いながら追いかけてたよ

・全ては恐怖の賭け 

・でも、今のままでは子供は今のままでしかないよ! 

・不安でも、ゲーム買った方がいい! 

・まず満たす   

・何をして満たすか、は、子供が決める

・全てはそこから! 

・依存したら依存したまで 

・仕方ないんだよ! 

・不登校だった息子はゲーム無なんてありえない!って言ってるよ
 

 

 

真剣に考えてくれるママの話を聞いても恐怖で覚悟が出来ません。

 

 

でも克服ママの言う通りにした方がいいんじゃないか? 

ゲームをしなければ長男は永遠にコミュニティの会話に入れない 。

時間決めてやるならいいけど。

8歳の子に無制限にしてもいいの?

そんな事ばかりを考えていました。

考えても考えても答えが出ずどうにかなりそうでした。
 
 
 
 
どこかでこんな記事を目にしました。

 

ゲーム障害の患者数。

はっきりと分かっていませんが、厚生労働省の調査では「ネット依存」が疑われる人は成人で推定約421万人、中高生で約93万人(2017年)ネット依存の約90%はゲーム障害です。

 ゲーム依存になると、親では絶対に治せません。

なるべく早く専門外来に相談しましょう。 

 

 

医療センターに行く時に相談してみようかな。

 

 

克服ママが他にもアドバイスをくれていました。

・カウンセラーは理想論しか言わない

・どこに相談しても意味がない

・きれいごと、ではない

・最後は親しかいない

・実際の不登校児を毎日世話した人にしか分からない事がある 

・全て本人に決めさせる 

・守れないかもだけどそれでも責めずに 

・その都度その都度どうしたらいいか本人に相談する

・どっぷりハマって恐怖な時期あるけどそこを抜ける 

・中途半端にやると長引く 

・好きにやれば心が満たされていく  

・何もしていないと罪悪感、劣等感で脳が疲れる

・エネルギーが減ってしまう。ゲームで楽しければストレスが無くなり満たされる 

・心が疲れない 

・不登校の子は心が空っぽ、空っぽで全部投げ出した状態だよ! 

・心を満タンにするしかないんだよ! 

・満タンにして初めて外に目が行く! 

・毎回恐怖の賭けだけど やるしかないよ! 
 
 

話の内容は凄く理解しています。

それでも。私の不安は消えません。


抜け出せるの?飽きるの? 
 

 

最長1日3時間を守らせたいな。 

親が決めたら意味がないって言っていたな。 
 

姉はあまりゲームに賛成ではありませんでした。

「息子の友達、ゲームで引き籠り、親に暴力の子沢山いるよ!」 
 
 
え・・・ 

怖いな・・・ 

賭けか・・・ 

どうしよう・・・ 

まさかの展開だな・・・ 

 

えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

どうしようーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

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81 次男を満たしてみる

81 次男を満たしてみる 
 
 
 
次男まで本格的に幼稚園に行かないと言い出しました。 

幼稚園では毎日楽しく過ごしてるのに行きません。 

長男がその頃夜寝ず次男の就寝時間も遅くなっていました。 

 

 

 

悪循環すぎる。 
 

 

 

次男を起しても意地でも起きません。 

起きないという決心をして布団にしがみ付いています。 

布団から出てこないのです。 

無理やりは引きずり出せませんでした。 
 

 

 

頑固だな。 
 

 

 

起こそうとすると、次男は、 

「うるせーーーー!」 

と、睨みつけてきます。

 

 

やっと起きた!

 

 

次は、朝食の文句を叫んでいます。 

食卓に用意した朝食を見て次男は、

 「ベーコンエッグのベーコン少ない!」(激怒) 

「黄色い部分いらない!」 (机をバンバン叩いている)

「米!」 

「やっぱパン!」

「やっぱ米!」 

 

 

 

起こす事から始まり、ひたすら感じの悪い次男にイライラしていました。

イライラする感情を抑え込み、次男に

 

「わかったー。」 

「ベーコン沢山で新しいの作るね。」 

「黄色い所、お母さん食べたい!ちょうだい!」 

「教えてくれて、ありがとう。」 

 

 

次男はキョトンとしていました。

拍子抜けしている様でした。

 

次男:

「・・・」 

「新しいのはいらない!これでいい!」(怒るのが少し緩まる) 

 

私:

「パンとお米両方置いておくから好きな方食べてね。」 

 

次男:

「・・・」 

「・・・」 

「・・・」 

「今日、僕、1番で、幼稚園、行こうかな・・・」(普通) 

 

と自分で服を着替え、支度を始めました。 
 

 

不登校克服ママに言われた満たす。 

【言う事を聞く】を次男に実践してみました。 
 

 

あー、この方が楽。 

 

でもこれでいいのかな? 

楽だけどわがままにならないの? 

大丈夫かな? 

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80 ゲーム依存症について(ネット情報)

80 ゲーム依存症について(ネット情報)  
  
  
 
ゲーム依存症について調べました。  
  
 
  
【ネット情報引用】  
最近のゲームはとても面白い。これは、不登校とか関係なく、そもそもネットゲーム全般、とくにマインクラフトなどのヒット作はめちゃくちゃ楽しい。子どもたちはあっという間にハマってしまう。  
 
 
   
ゲームがつまらないものであれば、子どもは自然とゲームに飽き辞める。そうならないようにゲーム会社(有能な大人たち)が嗜好を凝らして、飽きない製品を次々と開発し続けている。ゲームを好きになった子どもたちはなかなか辞められない状況が必然的に続く。  
 
 
   
この時、学校に行かず不登校で、自宅で何のルールもなく、無制限にゲームをやれる環境にあれば、依存は必然といっても良い。  
 
 
 
   
2018年に大ヒットしたゲームの一つに、「マインクラフト(通称、マイクラ)」というゲームがある。  
 
 
   
このゲームは本当によくできている。ずっと家にいる子どもには魔性のゲームといっても過言ではない。 
映像だけ見れば、荒いポリゴンみたいな感じ。いかにも普通のゲームだが、実はかなり自由性の高いゲームになっている。  
ゲームをあまりやらない大人がパッと見ただけでは、「いかにもゲームじゃん。何が面白いの?」と感じるかもしれない、実際にプレーしている子どもたちにとっては、彼らの欲望を満たしてくれる仕掛けがたくさんある。結果病みつきになる。 
 
 
   
実際にハマっている子どもたちの中には、寝食を忘れ、徹夜でゲームの中の建築業に打ち込むほど熱中できるゲームシステムになっている。(徹夜は一人でなく、友達と一緒に夜通しで建築でき、スゴイ世界になっている。)  
 
 
   
そういったネットを通じての楽しい時間を、ゲーム友達たちと昼夜一緒に過ごし、彼らはかけがえのない充実感を得ている。  
 
   
マインクラフトを例にした時のゲームで得られる充実感  
   
・達成感  
・仲間意識  
・皆で一緒に感情を爆発させられる  
・自尊心  
 
   
⇒本来、これらの欲求は現実社会でのみ満たされるもの。しかし、これがゲームだけで満たされてしまう。余計に現実社会に戻りたくなくなる。(まるで充実した部活動に所属して活動しているかのような感覚が得られる。)  
 
   
このように、最近のゲームというのは、昔のゲームのように「終わり」が設定されていないことが多い。ネットを介して全国の同じ趣味を持つ人たちと交流しながら取り組むことができ、学校に行けず、外にコミュニティを持たない不登校・ひきこもりの子にとっては依存する要素しかない。  
  
  
 
  
依存する要素しかないって書いてある!  

マイクラも!  

どうしよー!  
  
長男はもう頭がゲームの事しかありません。 

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79 公園にて

79 公園にて

 

 
 
今日は公園に来ました。 
 
公園に行くと幼稚園時代のママと長男の同級生の女の子がいました。

 
私:

「あれ?学校休み」 

 

ママ:

「違うよ、~ちゃん、学校行けてないの、GW明けから」 

 

私:

 「えーー、うちの子もだよ」 

 

ママ:

「そうなんだ!」 

 

私:

 「~ちゃんは元気なの?」 

 

ママ:

「元気になってきたよ」 

「前は全く笑わなかった」 

「それでも私は手を引っ張ってでも連れて行こうとしてたよ」 

「無理やり裸足で車に押し込んでた」

「そんな事を繰り返してたら、全く笑わなくなって、最後は食事中に顔面蒼白して吐いちゃったの」 

 

私:

「・・・そっか」 

 

ママ:

「それで、あ、もう駄目だ、これ以上は無理しちゃだめだって」 

「旦那さんも、行かせるな!って」

「旦那さん今海外だから、電話でしか状況話せないんだけど」

「そこから全く行ってない」 

 

私:

「じゃー、もう半年くらいだね」 

 

ママ:

「そう、どこに相談行っても何にも解決しないから、今は私とゆっくり過ごしてる」 

 

私:

「そうなんだね。暴れたりしなかったの?」 

 

ママ:

「全く」 

「ただただ無」 

「本当に無」 

「固まってるって感じになっちゃった」 

「表情が全くない」 

 

私:

「心配だよね」 

 

ママ:

「そうだね、、、慣れてきたけど、たまにうぅぅぅって気分になる」 

 

私:

「わかりすぎる・・・」 

 

ママ:

「でも、~ちゃん昔から私から離れられないんだよね」

「幼稚園後の公園でもいつも私と遊ぶんだよね」

「長男君滅茶苦茶皆と走り回ってたことない?」

「なんで、この子は友達と遊ばないんだろうって凄い思ってた」

「今は担任と合わないみたい」

「なんか、発表があって、その発表の順番が来る、順番がくる、嫌だ!みたいなのがスタートみたいなんだけど」

「発表終わっても行けないよね」

「友達に会えないとかは全然ないんだよ」

「でも、遊ぶ元気がないかな・・・」

 

 

不登校結構いるんだな・・・。

 

 

帰り道に長男は私に 

「俺は今ずっとズル休みしてるから」 

と、呟きました。

 

ずる休みと思っているんだ・・・。 

 

 
公園に居る間、長男は全然笑いませんでした。

表情がキツく、柔らかさがありません。 

知り合いに会うのを嫌がるので、遠方の公園に行きました。

夕方頃同年代の別の学校の子供たちが元気に遊び始めました。

長男の顔つきがかわり 

「ウザい」「うるさい」等言い出しました。 

 

昔はあの中に当たり前に長男の姿があったのにな・・・。

 

 

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78 ゲームを与える選択肢

78 ゲームを与える選択肢 
 

 

 

主人もゲームを今与える事に抵抗がありました。 

何か別の方法はないか?とオンライン授業のプログラミングを探していました。 
 

 

ゲームを与える事への主人の意見はこうです。

 

・オンラインプログラミングなら時間決まっており、良いのではないか?  

・長男は自分(主人)の脳と似ているので、危険

・はまってしまう

 

 

 

主人がゲームの話をすると長男はゲームの質問しかしなくなりました。

ずっとゲームの話を続けています。

 

 

私はこんな不安こ抱えていました。

 

・今始めるのは怖い 

・ゲーム依存になったら大変 

・学校行っていたらいいけど

・一日中ゲームはありえない

・長男の頭の中はゲームだらけだ

・引き籠り加速してしまう

・与えなきゃ回復しないのだろうか

・家にずっといる、ゲームを買ったら依存になるのではないか

・どうしたらいいのだろう。難しい 

 

 

覚悟が出来ません。 

 

 

次男にゲームを与えるのかも悩みの種でした。

 

・次男も話題に入れない思いをするのはよくない

・次男にも与えるべき? 

・本人が買ってと言うまで買わなくていいのではないか? 

・買ってと言ってくるだろうか?

・次男はまだ年長さんだ 

・早い気がする 

・長男と同じ思いをさせたくない

・欲しいと言われたら考えればいいのか?

 

 

もう、どうしよう。 

どうしたらいいんだろう? 

 

 

ゲームが欲しいか次男に聞いてみました。

次男:

「あー、まー、やりたいかな」 

 
 


姉は反対していました。

「ゲームで不登校の子、今めっちゃいるよ」 

「今与えたら危険すぎない?」

「せめて時間制限したら?」

「8歳だから、流石に無制限はやばくない?」
 

 

えーーーーーーーーーー。 

ゲームしたくて不登校になっちゃうのーーー!

このタイミングでゲーム渡したら不登校克服できなくない?

でも、渡さなかったら克服してもまた話題に入れない!

 

 
もーーー、どうしよーーーーーーーーー。 

 

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77 遠足

77 遠足 
 
 
 
明日は遠足です。 

2人で中華料理屋さんでご飯を食べていました。 
 

 

私は恐る恐る長男に聞いてみました。

私:

「遠足どーする。」 

 

長男:

「行きたいな。」 

 

私:

「バス、仲良しの子の隣にしてくれたらしいよ。」 

 

長男:

「でも皆んなに何て言おう。」 

「おばあちゃん家に行ってたって言おうかな。」

 

私:

「じゃおやつ買いに行く?」

 

長男:

「、、、」 

「無駄になっちゃうかもだから。」 

 

私:

「無駄になってもいいんだよ。」 

 

長男:

「買いに行かない。」 

 

私:

 「そっか。」 
  

 

  
結局おやつは買いに行きませんでした。

遠足の日もお休みしました。 
 

 

 

その日の夜中、長男は突然泣き出しました。 
 
 
 
長男:

「遠足行きたかった、遠足行きたかった、」(号泣) 

 

 

 

怒りをぶつける様にウーウー唸りながら泣いています。 

布団をグーで叩き涙がぽたぽたぽたぽた布団に落ちていました。 
 
 
  

長男:

「人生なんて何にも楽しくない。」 

「もう嫌だ、死にたい。」 
  

 

 

そんな事を叫びながら1時間程泣き続けました。 
 

 

 

言葉が見つかりません。

背中をさすりながら私は、

「そっか。」 

「行きたかったね。」 

しか言えませんでした。 
 

 

 

十分泣き、落ち着くと長男は、

「ゲーム買えば楽しいかも。」 

と泣き腫らした顔で言いました。 

 

 

 

ん?それを伝えたかったかな? 

 


 

 私:

「そうだね!」 

 

 

学校に行かなくなったタイミングでゲームを始めるのは怖いけど、買うしかないかな・・・。

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76 壊れ行く夫婦関係

壊れ行く夫婦関係 
 
 


長男を友人の家まで迎えに行かなくちゃ。 

お泊りしたからお礼にお昼ご飯買って持って行こう。 

あーお洗濯もまだだ。 

サッカー観戦のお弁当を作らなきゃいけないな。 

えっとー、DVDも返さなきゃいけないーーー。 

娘が遊んでって纏わりついてるな。 

遊べないなーーー。 

あー、お迎えに間に合わない。 

急がなきゃ! 

主人は奥で寝てる? 

スマホ? 

頼んでみよっかな。 
 
 

 

私は言葉を選びながら主人にお願いしました。

「お迎え行かなきゃだから、洗濯やってもらっちゃおっかなー♡」 

「もし返せたらでいいけどDVDって返しにいける?」 

 

 


主人が明らかにむっとしたのが分かりました。 

 

私:

「あ・・・、まぁいいや、自分で行くわーー。」 

「でも、娘ちゃんと遊んでてもらっていい?」 

「長男迎えに行かなきゃいけなくて!」 
 

 

 

返事は無く、明らかに嫌そうに娘の前に座りました。 
 

 

 

その日はサッカー観戦に行きましたが、主人と話した記憶はありません。 

 

 

 
次の日の朝、不機嫌そうな主人に尋ねました。

 
私:

「何か言いたい事あったら言ってよ。」 

「夫婦なんだから、話さないと分からない事があると思う。」 
 

 

主人:

「言って意味があると思わないから、俺は言わない。」  

 

私:

「そぅかなぁ?」 

「歩み寄れる事もない?」 

 

主人:

「・・・じゃー言わせてもらうけど。」

明らかに表情が険しくなりました。

 

「お前昨日、俺にDVD返してこいって言ったよな!」 

「人を顎で使いやがって!!」 

「人に頼むなよ!!!」 
 

 

主人の借りてきたDVDは、いつも私が何も言わずに返却していました。 

 

私:

「あ・・・でもさ、昨日長男のお迎え、お礼にお昼ご飯の買い出し、サッカー観戦のお弁当造り、家事も終わってなかったし、主人は寝てたから返してくれたら助かるなって感じで、出来たら返してきてって言ったつもりなんだけど、感じ悪かった?」 
 
  
主人:

「俺は俺のタイミングでやりたい。」 

「DVDなんて今日だろ。」 

「俺を使うなよ!」 
 

 

私:

「え・・・、そんなに怒る事?」 

「本当に理解が出来ないんだけど。」 

「返せないよ、とかで良くない?」 

「何もしてなかったじゃん。」 
 

 

主人:

「お前軸かよ全て。」  

 

私:

「え・・・私軸じゃなくて子供軸だよ。」 

「私のやりたい事なんて何一つしてない。」 

「・・・何なのこんな生活、あー、逃げ出したい。」 
 

 

主人:

「逃げ出せば。」

「まず、自分のアンガーマネジメントしてこいよ。」 

「不登校を何かのせいにしてんじゃねーよ。」 

「要するに、お前のせいだろ!!!」 
 

 

 

主人は無言で扉を大きな音で閉めて会社に行きました。 
 

 


あ・・・無理。 本当に無理。無理。無理。無理。

自分の中で、怒って話している感覚が全くありませんでした。 

相手がどう捉えていたかは分かりません。 

争いが嫌だから、原因を取り除こう! 

何でこんなに機嫌が悪いのだろう? 

と話掛けていました。 

相手に文句を言おう!と思っていませんでした。 

それでも話合いは出来ない。 

無理だ。 

何とも言えない絶望感がありました。 

歩み寄っても受け止められない。 
 

 

 
子供3人の面倒を見ながらフル稼働で動いて、少しのお願いでもダメなんだ。 

全て自分でやるしかないんだ。 

あー、この先ずっとこうなのかな。

嫌だな・・・ 

 


私は常日頃から主人にこんな不満を抱いていました。

 

・私の意見をこれほど受け入れられないって、どういう事なの?

・自分のペースが絶対過ぎる

・家族なのに協力出来ない 

・頼みごとが出来ない

・自分1人で考え、自分1人で動いている

・長男の思考回路は完全に主人のコピーだ!
  

 

 

姉に愚痴ると、

「普段めちゃくちゃ優しいじゃん!ストレスがマックスになって、ぶちまけたくなったんじゃない?本心じゃないと思うよ」 
 

 

 

そうなのかな? 

 


 
主人は不登校について私とは違う風に捉えていました。


・そこまで心配していない

・心配したって事態は変わらない

・あなた程心配していない

・特別何かしようとも思わない

 

 
そう言って不登校の事を調べたり、相談機関に行く事は一切していませんでした。

 

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75 インターホン

75 インターホン 
 
 
2021.10.下旬 
 
 
長男はこの日1日中テレビを見てダラダラしていました。 

我が家はリビングが南道路に面しており誰がインターホンを押したのか見えます。 

学校に来ない事を心配した同級生がインターホンを押しました。 

長男は目を吊り上げソファをジャンプして1番玄関から遠い部屋の片隅へ逃げて行きました。 

その部屋で頭から布団を被り震えていました。 

 

 

 
ストレスを感じたのか人相が変わり妹に暴力を振るいました。 

 

 

 

長男は私に向かって、

「おい!ばばあ!!!」 

「あれやれよ!それやれよ!」 

暴言を吐き命令しています。 

こちらのお願いは一切聞きません。 
 

 

 
その様子を見ていた姉が、 

「もう、娘ちゃん、無理だね。」 

「一緒は危険だよ。」 

「可哀そうだし、連れて行くね。」 

と言って、実家に連れ帰ってくれました。 

 

 

夜、長男は部屋のブロックで遊び始めました。 

楽しそうに遊びながら 
 
「妹がいないと清々する。」 

と、ブロックの散らばった床を見ながら呟きました。


 
 

娘は長男にひどい扱いをされる為、しばらく実家に預ける事にしました。 

 

 

次男はとても不安定でした。

私と離れる事ができず、そのまま私と暮らす事にしました。 
 
 

 

長男がこのまま暴れ続けたら、私は娘と暮らせないのかな? 

小さいのに。 

嫌だな・・・ 

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74 不登校克服ママへの相談

74 不登校克服ママへの相談 
 
 
2021/10/27(水) 

 

長男の不登校後、調べた相談所へは迷わず行きました。

どこへ行っても解決策を教えてもらえませんでした。

姉の友人で息子さんを不登校から克服させたママがいました。

私は姉に頼み連絡先を教えてもらいました。

 

私: 

「長男が不登校で悩んでて、相談乗ってもらっても良いかな?」 

 

ママ:

「私で良ければ!」 

「何歳?」 

 

私:

「小3」 

「~(ママの名前)ちゃんちは何歳からだった?」 

 

ママ:

「うちは中1。」 

 

私:

「え、、、うち早いよね。」 

 

ママ:

「早い方が早く学校行くようになる子が多いよ。」 

 

私:

「小学生の時は普通だった?」 

「5年の時に怪しかったよ。担任が嫌で行き渋った。」

「校長先生がたまたま、息子を理解してくれて担任を指導して、6年まで行けたよ。」

「でも、力尽きて中1の3日目から不登校。」

 

私:

「1年とかは覚悟だよね。」 

 

ママ:

「そうだねーそれ位の時間かかる子多いよ。」 

 

私:

「そのまま行けない子もいる?」 

 

ママ:

「いるよ。」 

 

私:

「えー、、、」 

 

ママ:

「でもまだ小3でしょ。」 

「どんな感じか分からないけど、とにかく過干渉にならず過保護になる。」 

 

私:

「うちは大人びてる」 

・感受性強い

・プライド高い 

・完璧主義

・マイペース度合い半端ない 

・集団では合わせる

「で、私がガミガミ人格否定した。」 

 

ママ:

「向こうからの要求にはちゃんと応えて、こっちからはあーだこーだ言わない方が良いよ。」 

 

私:

「過保護になるといいのかな?」 

 

ママ:

「うちの不登校だった子にそっくり!」 

 

私:

「今までは真逆にしてた。」 

「だった子!!!!過去になったのーーーー!!!」 

 

ママ:

「過保護は向こうからの要求は全部飲む。」 

 

私:

「物も?」 

 

ママ:

「うちは買ってたよ。」 

「え?って思うでしょ。」 

 

私:

「うん。」 

「エスカレートしないかとか心配だったり。」 

「うちまだゲーム持ってなくて。」 

「このタイミングで買うのは、、、」 

「引きこもり加速させるかなって。」 

 

ママ:

「でも買う事で心が満たされるから。」 

 

私:

「えー。」 

「今2人で居るけどめちゃくちゃ優しくていい子だよ。」 

 

ママ:

「引き籠りに一度はなると覚悟した方が意外と早く治る子多いよ。」 

 

私:

「めちゃくちゃ学校嫌ってても?」 

 

ママ:

「2人でいる時は心が休まってるからだよ、きっと。」 

 

私:

「学校爆破するとかだった?」 

 

ママ:

「言う言う。」 

 

私:

「そーなんだ、、、」 

「ゲームもやりたい放題やらせるって感じ?」 

 

ママ:

「やってたよ。」 

「昼夜逆転する。」 

 

私:

「依存症とかになっちゃわないかな〜とか。」 

「特にゼロ、100ってタイプの子だから。」 

 

ママ:

「うちの子もだよ。」 

 

私:

「えー。」 

「うちまだ下が2歳6歳だから。」 

「今は全く元気になったのかな。」 

 

ママ:

「何で学校爆破したいんだろ。」 

 

私:

「不登校開始が小3で早くてよかったねって感じ?」 

「女子がうざい、授業つまらん、体操座りやだ、時間のむだ。」 

 

ママ:

「友達の子とか、友達の友達の子とか…結構沢山話聞いて来たけど早ければ早いほど立ち直るのも早いよ。」 

 

私:

「心病んだのは長男が反抗する時私が暴言、暴力だったのが原因じゃないかな?」 

「とにかく自由にさせるんだよね?」 

 

私:

「今は長く休んでるから、何で休んだのって言われるのが嫌みたい。」 

「心も学校行ける感じじゃ無い。」   

「夏休み明けから行き渋りで10/12から完全に行かなくなったよ。」 

 

ママ:

「過保護になれば治りそうな気がする。」 

 

私:

「過保護ってどんなー。」 

 

ママ:

「何で休んだの?って言われるのヤダよねー。」 

「わかるわ。でも慣れる。」 

 

私:

「気も小さい。」 

「超絶繊細。」 

 

ママ:

「まさしくうちの子と同じ!」 

「過保護は要求を飲む。」 

「交換条件を出さない。」 

 

私:

「夏休みめちゃくちゃ切れて怒っちゃって。」 

「旦那まで巻き込んで旦那とも怒鳴り合いになったんだよね。」 

「で、私も息子にお前のせいだとか言っちゃったり。」 

「この子だけなら聞けるけど、、、」 

「立ち直り何年かかった?」 

「つらいよね。」 

 

ママ:

「旦那さんは家族だから巻き込めばいいんだよ!」 

「何かを買った時はお金の大切さは話した方が良いよ。」 

「うちは2年かかった。」 

 

私:

「ゲーム欲しがってるけど。」 

「引き籠りのタイミングで与えていいのか、凄い悩む。」 

 

ママ:

「今は大学目指して頑張ってるよ。」 

 

私:

「がんばったね!!!」 

 

ママ:

「うちは不登校中に40万の犬買ったり、20万のゲーミングPC買ったりしたよ。」 

 

私:

「わおー。」

「フリースクールとかは考えなかった?」

 

ママ:

「本人が行く気無かった。」

 

私:

 「うちは自由が好きだからフリースクールでもいいなって思ってる。」 

 

ママ:

「まだ、なり初めだから。」 

「長い人生のほんのわずかな時間だから。大丈夫!」 

 

私:

「対応間違いたく無くて。」 

 

ママ:

「私が合ってるかどうかわからないけど…」 

 

私:

「ずっと息子責めて。」 

「わがままだの、こだわり強いだの。」 

「お前なんかお前なんかって言ってた気がする、、、」 

 

ママ:

「私も言ってたよ。」 

「親だからちゃんとした大人になって欲しいから言っちゃうよね。」 

 

私:

「うん。」 

「とにかく躾けようとしない事だね。」 

「不登校めっちゃ奥深いよね。」 

「今は息子さんわがままとかじゃ無く普通に元気?」 

 

ママ:

「躾なきゃいけない事もあるけど、基本子供が自分ファーストでいられる事が大事かな。」 

「わがままは言うけど、普通に誰でも言う程度のわがままかな。」 

「普通に元気だよ!」 

 

私:

「じゃー、やりたい放題やらせてエスカレートとかも無いんだね。」 

「あとは子供信じるしか無いかね。」 

「小3でなった子も知ってる?」 

 

ママ:

「やりたい放題やる時期は、親がかなりのストレスだし、もしかしてお金もかかるかもしれない。」 

「エスカレートする子もいるけどそんな長い間じゃない子ばかりだよ。」 

「小3はいないけど小5はいた。」 

 

私:

「早いよね、、、」 

 

ママ:

「今学校に行かせる事が大事ではなくて、大人になった時自立している事が大事だから 今無理矢理学校行かせて心が病んで大人になっても引き籠りで仕事もしない親のスネかじりになったら一番困るから。」 

「子供のペースで行けるようになるといいよね。」 

 

私:

「うん。」  

「うちはチョット精神病入ってる雰囲気もあるよ。」 

「暴れたり。」 

「休む様になって落ち着いたけど。」 

「たまに感情コントロール出来なくなるみたい。」 

「暴言、暴力あったかなー?」 

 

ママ:

「うちの子も暴れてたよ、行き渋りから行かなくなる直前がかなりやばかったよ。」 

「一緒だね。」 

 

私:

「やっぱり?」 

「暴れたり、暴言、暴力も同じだね休み出したら治ったけど。」 

 

ママ:

「そうだよ同じく。」 

 

私:

 「で、たまに、不安だか劣等感だか。多分辛くて学校話題がストレスで妹殴ったり。」 

 

ママ:

「学校の話はしない方がいいね。」 

 

私:

「了解!」 

「もうしてないよ。」 
 
 
 
今まで聞いてきた相談機関より全然役に立つ情報でした。 

でも、うちはまだゲームが無い。 

学校に行かないタイミングでゲームをあげるの? 

今まで全くゲームを与えていなかった私にはとても恐怖の選択です。 

考えても考えても覚悟が出来ませんでした。 
 
掛けに出るしかないのかな・・・ 

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73 不登校のタイプ別

73 不登校のタイプ別

 

 

2021/10/27(水) 
 
 
インターネットにこんな事が書いてありました。 
 
 
【情緒混乱・内向タイプ】 
  
①定義

「気分の落込みや身体症状が起こり登校したくてもできなくなるタイプ 」

 

  

②特徴と留意点 
  


学校に行こうとすると、頭痛や腹痛などの身体症状が起こり、登校したくてもできない状態に陥る 。

学校を休むことに対して罪悪感が強く、不甲斐ない気持ちや、自分を責める気持ちを抱いている 。

真面目で自分に厳しいため、少しくらいの成果では自分自身を認められなかったり、わずかなミスも許せないと思うような完璧思考の面がある 。

勉強もスポーツも人並み以上にでき、そのことが本人の頑張りを支えてきたことでもあるので、不登校になったということを受け入れられずに苦しんでいる 。

不登校になったきっかけや原因を話したがらない場合や、親を頼ろうとしないことがある。

 


③親や周囲のサポート 

  
助けを求めること自体を許せないことがあるため、本人が「期待されなくなった」と受け取らないように、挫折感や絶望感を認め、いつも味方でいることを伝え、助けを求めるのを待つ 。

親が受け入れる姿勢を見せると、これまで親に対して抱いていた不平や不満をぶつけるようになる場合があるが、制止せずに一旦全て吐き出させるようにする。

心理的に安定してくると、将来についての不安や焦り生じてくるため、慰めるだけでなく、いろいろな選択肢があることを伝え、行動につなげていく。

 


④このタイプの強みと他のタイプとの関連 
  

もともと集中力や思考力は高いタイプなので、パニックに陥らないように不安をコントロールする術を身につけて、自分のペースで学習を進められるようになれば結果が出やすい。

社交的でない側面があるが、無理をして周囲と同じように振る舞おうとせず、自分のできることや良さを認めていくと、人間関係が上手く行くようになる。

不安や焦りが人一倍強いタイプなので、子どもの気持ちを受け止めずに親主導のかかわりを続けると家庭内暴力などの問題を引き起こしたり、「神経症性障害を伴うタイプ」へと変化する恐れがある。

 
  
 
 

 

【神経症性障害を伴うタイプ】 
  
①定義

「情緒的混乱が激しく神経症性の症状を発症しているタイプ」 

 

  
②特徴と留意点 
  

 

過大なストレスがかかったことにより、神経症性の症状が現れる。

代表的な症状は不潔恐怖(潔癖症)、醜形恐怖、解離性健忘(記憶障害)、摂食障害などがある 
ストレスによってこれらの症状が一時的に起こるが、穏やかに過ごしていると症状が起こらない場合がある。

精神疾患の初期症状の可能性もあるため、思春期の症例に詳しい専門医を受診する。


  

③親や周囲のサポート 
  

 

神経症性の症状が現れたときには、登校刺激になるようなことは一切やめ、精神的な休息が取れるように環境を整える。

できるだけ早く思春期の症例に詳しい専門のクリニックを受診したほうが安心だが、本人に病識がない場合は、通院を勧めること自体が気持ちを傷つけることになりかねないため、無理に病院に連れて行くことは避ける。

子どもにいつもと違うような様子があるため親は心や身体のことを心配しているということをきちんと伝え、納得させてから病院に行くようにする。

主治医の指示に従って治療を進めるが、克服するためには病気を治そうとする本人の意志が必要であるため、安定してきたら、少しずつ外出や運動、学習など同世代とのギャップを広げないための取り組みも取り入れていく必要がある。

 

 

④このタイプの強みと他のタイプとの関連 
  

 

繊細でこだわりが強い性格を活かして、芸術や学習の分野で興味のあることに取り組み始めると、集中力を発揮し高いレベルで習得することができる。 

他人とは違う感性を持っていても、周囲との関係を拒絶せずに、趣味や特技で繋がるようにしていくと人間関係が広がる。 

「情緒混乱・内向タイプ」の一部が変化してこのタイプに移行する可能性がある  
 
 
・・・

・・・

・・・

 

 

両方、びっくりする程長男の症状そのものでした。 
 
両方当てはまる・・・


私はサイトの事を姉に話ました。

私:

「病院私だけで行けないかもう一回聞いてみようかな」 
「連れて行かない方がいい気がする」  
「行く気がしない」 


  
姉:

「昨日の様子だと行かないだろうね」 

 

私:

「気が済むまで休めばいいけど。転校したい!転校したい!言うから、転校した時に必要な健康診断って言うのはどうだろう」 
「学校行けって言っている様に聞こえるかな?」 
 

 

次男も不安症の症状でした。

小学校に向けて、先手打って精神科で療育しとこうかな・・・

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72 総合医療センター

72 総合医療センター 
 
 
 
総合医療センターの予約は11月1日です。 

朝8時に予約を入れていましたが本人を連れて行かなければ診察してもらえません。 

どうしよう、絶対に行かない。 

連れて行き方の作戦を立てていました。

 

 
私:

「何て言って連れて行こう」 
「朝早いし」 

 

姉:

「お母さんと健康診断に行くよ。がよくない?」 

 

私:

「嘘つくと後から半端なく面倒だから」 

 

姉:

「でも、今回は連れて行くしかないもんね」 
「前日に言うと更にややこしくなりそうじゃない?」 
「帰りに好きな所に連れて行ってあげたら!」 
 

 ・・・

 

 
私:

「長男は要求と主張が凄い」 

 

姉:

「学校の臨床心理士さんが教えてくれた。特性がある子は、こだわりが強いし、興味がある事はやるけど、ない事は本当に苦痛らしいよ」 

 

私:

「特性は絶対ある」 
「だから学校なんて苦痛のみ!」 

 

姉:

「その特性を医療センターで見極めてもらって、対策を指導してもらえると思うよ」 

 

私:

「説明で判断?脳波?」 

 

姉:

「発達スクリーニング検査をするんじゃない?色々な事やらせて様子見るんじゃない?積み木とか、箱庭とか」 
「集中力とか、出来なかった時の反応とか、色々見るんじゃない?」 
「とにかく一流の医者の集まりらしいよ!間違いないって」 
「今日話した臨床心理士さんは、よっぽどストレス抱えてて、それを暴言や暴力で出しているんだろうね、本人も辛いよね、て言ってた」 
「まずは総合医療センターまであと1週間! 」
「適切な診断結果が出て治療方も出るはず」 
「それ以後はいい方向に、向かっていくはずだよ」 

 

私:

「前回MRI撮ったからその続きの検査って言って連れて行こうかな」 

 

姉:

「前日より、朝さらっと言った方が良くない?」 

 

私:

「だよね」 
 
 
家から出ようとしない長男を行きたがらない病院へ連れて行くのは一苦労でした。 

説明すれば余計に行かないと言う。

行かないと言ったら2度と連れて行けない。 

それでも最後の砦の総合医療センターには何が何でも連れて行かなければ! 

でもどうやって! 

予約日まであと1週間。 

1週間我慢したら解決策を教えてもらえる!

対応の仕方が分かる!

 

 

私はどう連れて行こうか!

その事しか考えていませんでした。

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71 どこまで聞いたらいいのだろう?

71 どこまで聞いたらいいのだろう? 
 


 
この日は長男が1日中わがままを言っていました。 
 
 

お昼に食べた牛丼がほんの少し残っていました。 

それを私が捨ててしまいました。 

夕方、長男がそれに気が付き、

 

「今すぐ買って来い!」 

「早く買って来い!」 

と泣き喚いていました。

 

 

この場合、買ってこればいいのだろうか?
わがままにならないの? 

 

 
結局主人が買いに行きました。 
 
 
 
 
その次は、家にあったおやつを次男と娘が少し食べました。 

長男:

「次に買う時は僕しか食べちゃだめだ!」 

「絶対に弟、妹には買うな!」 

「買ってもらうのは僕だけだ!」 
 
 
私は言葉には出しませんでしたが、こんな気持ちでした。

 

本当に疲れる

これがまさに長男だ 

長男らしさだ

あぁ、この子らしい

飽き飽きだ

 

私の中の長男はそんなイメージでした。 
 

 

自分が1番満たされた状態でいなければ気が済まない。 

本当に疲れる。 

毎日毎日気が狂いそうでした。 

 

 
長男の言う事だけを聞くのであれば、何とかなります。 

大人は我慢できます。 

でも、次男や娘も黙っていない。 


 


次男に買うなと言う長男。 

僕にも買ってと言う次男。 

同時に2人の願いを叶えられない。 

ほとんどのシチュエーションでその繰り返しでした。 

どちらの意見を優先するのか。 

優先されなかった方が泣き喚きます。 

想像を絶する泣き喚き方です。 
 
 
 
もう、こんな生活やっていける気がしない。 

長男に声を掛ける時はいつも気を使い神経をすり減らしていました。 

 

 
何かにつけて、永遠に要求をしてくる。 

その要求が叶うまで決して止めない。 

これは今の長男だからではない。 

長男は私の中で常に【こうゆう子】でした。 
 
 

 
その日は娘もずっとギャンギャン泣いていました。 

頭がキーンとする娘の泣き声と、長男の度を超えたわがままと次男の死んだ様な目つき。 

 

私は:

「・・・」 

「もう、耐えられない」 

毎日毎日限界でした。


 

 
結局長男は主人が買ってきた牛丼を食べませんでした。 

長男:

「同じ物なんて飽きる」 

「違う物作ってよ」 

 

 

私はあきれ果て、疲れ果てて

 

「いい加減にしてよ、わがまますぎるでしょ」(怒) 

 

と白けた目つきで長男を見ながら言いました。 

 

 

ごたごたしている横で娘は私の足にしがみ付きギャンギャン泣いています。 

私はもう何も作りませんでした。 

 

  
長男は怒りながら自分で何かを作り始めました。 

用意された食事は食べません。 

 

 
この子おかしい。 

思いやりが全くない。 
 
 
主人は何とか優しく対応していました。 

娘の世話もしていました。 

私はもう逃げました。 

頭がおかしくなりそうでした。 
 

 

この子は元々凄くわがままなの? 

特性なの? 

承認欲求? 

所有欲? 
 

 

寒いのに扇風機かけて寝る。 

寒いと言えば風量を上げる。 

嫌がらせ?本当に暑いの? 

適応障害なの? 
 
 
姉は:

「普段凄い優しい子じゃない?」 

「わがままではなく、特性な気がする」 

 

私:

「そもそも特性って何?」  

 

姉:

「診断してもらって、療育をしていけば良くなると信じよう!!」 

「暴言はぐっと我慢して頑張ろ!!」 

 

 

頭が常に沸騰している。 

対応の仕方が分からない。 

どこまで許していいの? 

どうしたらこの子を【いい子】に育てられるの? 

 
あー、疲れた。 

もー、嫌だ。

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