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不登校復活の道(ブログ)

10 弟を完全拒否

10 弟を完全拒否

 

長男は2歳3か月でお兄ちゃんになりました。 

 

生まれてからお兄ちゃんになるまで、長男はスーパーで反りくり返って大泣きする、などの一般的な2歳児のような手を焼く行動はほぼなく、私を困らせる事もなく、手がかからない落ち着いた子どもでした。

 

先に子育てを始めている友人や、姉や親からも子育ては大変、と聞いていましたが次男が生まれる前まで私は、

 

「いつ、どんなふうに子育てが大変になるのかな?」

 

と思っていたほど、長男はとても育てやすい子どもだったと思います。

 

子育てを大変と思う事もなく、ただただかわいいな、と思いながら私は長男を育てていました。

 

・・・

 

次男が生まれた際、我が家に遊びに来た、長男と同じくらいの年の子供が、まだ生まれたてで首も座っていない小さな次男を想いのままにいじりまくるので、周りにいた皆が、

 

「次男君のお兄ちゃんが長男君で良かったね」

 

「絶対に意地悪したりしなさそうだもんね」

 

と言い、私も本当に長男がお兄ちゃんで良かったな、と安心していたほど、長男は穏やかで優しい子供だったのです。

 

・・・

 

次男が生まれてからしばらくは長男はそれまで通りに落ち着いていましが、次男が3か月になる頃から、長男の次男に対する不適切な行動が始まりました。

 

長男は、

 

「次男だけでなく、僕も構ってよ」

 

と泣いたり、甘えたりするのではなく、次男に対してとても暴力的になっていきました。

 

次男を叩いたり蹴ったり、ソファの上からまだ乳児だった次男のお腹をめがけて飛蹴りしたり、次男のお腹の上でジャンプしたり、赤ちゃんにとってはとても危険な暴力行為を始めたのです。

 

私は、上の子がやきもちを焼くと、叩いたり、蹴ったりすると聞いていたので、長男は俗に言う赤ちゃん返りをしているのだと思っていましたが、長男の次男に対する暴力行為は次第にエスカレートし、私が全身を使って次男を守らなければならない程、次男を叩く日が出てきました。 

 

私は長男に、

 

「叩いちゃだめだよ!次男君痛いよ!」 

 

と注意すると、長男は、わんわんわんわん泣きながら、

 

「赤ちゃん捨ててきて!赤ちゃんを捨ててきて!」

 

と2時間以上も泣き叫びました。

 

私が、 本当に捨てていいのかと聞いても、長男は、本当に捨ててきて!と泣き続けました。

 

そんな事の繰り返しは、私も、長男も、次男も、毎日心がすり減り、泣き疲れ、全員でソファで寝落ちしてしまうほど疲れ果て、幸せとは程遠いものでした。 

 

・・・

 

あまりにも長男の赤ちゃん返りが酷く、私はこの先、どう子ども達を育てたら良いのか分からなくなり、長男の赤ちゃん返りで困っている事を保健センターへ相談に行くことにしました。

 

とても困っている、と相談しましたが、保健所では、

 

「お兄ちゃんを可愛がってあげて下さい」 

 

「子育てとはそんなもんですよ」

 

と言うだけでした。

 

別の知り合いに長男の次男への酷い暴力に悩んでいる、と相談をしても 、

 

「どこの兄弟もそんなもんだよ、一緒一緒!」 

 

と言われるだけ。

 

誰に相談しても、解決策を提示される事はありませんでした。 

 

その頃から私は子育ての大変さを痛感するようになっていきました。 

 

次男の生後3か月から、長男が次男を受け入れることは一度もなく、長男は常に次男に、 

 

・暴力的に接する 

 

・次男を一切認めない 

 

・大人が次男を抱くことを許さない 

 

・大人が次男を視界に入れる事を許さない 

 

・私が次男におっぱいをあげるのを嫌がる 

 

・次男が同じ部屋にいる事を許さない 

 

・私が次男を優先する事を一切許さない 

 

・周りの大人が次男に話しかけるのを極端に邪魔する 

 

長男が親族に会い、その中の誰かが次男を抱こうとすると、

 

「~ちゃん!(長男の名前)を抱っこして!」

 

と言い、長男は自分の両手をいっぱいに広げ、誰にも絶対に次男を抱かせませんでした。 

 

・・・

 

私は次男に離乳食を与えるとき、ダイニングテーブルの下に次男を入れて長男の視界に次男が入らないように次男を隠し、長男と私と次男で過ごすその部屋から、次男の存在を消すようにしていました。

 

長男と仲良く話をしながら、私は手をテーブルの下に伸ばし、次男にこっそり食事を与えていた記憶が残っています。 

 

次男が生まれる前までは、毎日穏やかに子育てができるほど育てやすかった長男は、次男が生まれた後、とても育て難くい子になっていったのです。

 

・・・

 

子供たちの年齢が上がっても長男のその育て難さは変わることはありませんでした。 

 

長男はずっと次男を見下し、認めず、常に次男を邪魔な存在として馬鹿にしているように、私は感じていました。 

 

長男が次男を、常に邪魔者扱いするため、次男は次第に長男の顔色を伺いながら行動する様になりました。 

 

後にそれは、次男の情緒の発育に多大な影響を与えていきます。 

 

私は、長男にこんな質問をした事があります。 

 

「お兄ちゃん、もう一人赤ちゃんが生まれたら嬉しい?」 

 

と私が聞くと、長男は、

 

「絶対に嫌だ!怒られるのが3回になる!絶対にいらない!絶対に!」 

 

と激しく拒絶しました。

 

日にちを変えて、私が何度同じ質問をしても、長男から返ってくる回答はいつも同じでした。 

 

長男は次男のせいで自分が叱られるようになったと思っているようでした。 

 

長男からしたら、長男に対してとても優しく温かかった私の態度が、次男が生まれてから変化した、と思っていたのかもしれません。

 

そして、2021.6月頃から、【完全不登校】になるまで、長男の次男、妹に対する暴力行為は凄まじいものになっていきました。 

 

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9 自己中心的で暴力的な日々の事

9 自己中心的で暴力的な日々の事

 

当時私は度々、長男に対しての不満を姉にラインしていました。

 

・とにかく欲が凄い

 

・物欲にしろ独占欲にしろ所有欲にしろ 、僕、僕、僕。僕ばっかり 

 

・次男にも絶対何も貸さないし、触らせもしない

 

・将来が本当に心配 この子こんなに自己中でどうやって生きていくんだろう、、、 

 

・もう話も通じないしお手上げ 

 

・長男の生意気さは半端なく、主人にも馬鹿にしまくる!

 

・なんでこんな風になっちゃったんだろう、、私のせいなの? 

 

・長男があまりに自己中すぎて優しい主人もさすがに今日凄い怒ってた! 

 

・もう毎日が地獄絵図、いつまで続くのこの生活、、、 

 

・もう嫌だ

 

そんな内容ばかりです。

 

この頃、長男は常軌を逸して訳の分からない事を言うようになっていました。 

 

何一つスムーズに事が進まず、とにかく私を困らせるのです。

 

長男は、全ての事で次男よりも優先され次男よりも多く与えられなければ絶対に納得しませんでした。

 

・・・

 

この頃から、長男は就寝時間の10時頃になると漫画を読み始めるようになりました。

 

皆が寝る時間になるとわざと大声で笑い、ワーワー叫びながら漫画を読むのです。

 

サッカーを習っていた長男は、次の日がサッカー練習で早朝起きなのにも関わらず、私に反抗し23:30になっても漫画を読むことを、わざとやめませんでした。

 

・・・

 

家族は全員同じ部屋で寝ており、両親、8歳、6歳、2歳が同室で寝ている為その時間に漫画を読み始めると私は本当に困りました。 

 

漫画は2冊あり、 次男も同じように読みたがりました。

 

私が、長男に、

 

「一冊貸してあげて」 

 

とお願いすると、長男が、

 

「嫌だ」 

 

と拒否しました。

 

私は、2冊一気に読めないのだから、貸してあげてほしいと頼みましたが、 長男は、

 

「嫌だ」 

 

としか言いません。私がイライラし呆れた感じで、

 

「は?何が嫌なの?」

 

と聞くと、長男は、

 

「嫌だから、僕のだから」 

 

と意地でも貸してくれませんでした。

 

私は、長男のいつものその意地悪な感じに心底イライラしていて、

 

「あんたのじゃないよね、それ、皆のじゃん、皆のって言って貰ったんでしょ」 

 

と怒りましたが、長男はそれでも、

 

「嫌なものは嫌」 

 

と言い、絶対に貸してはくれませんでした。私は切れかけて、長男の事を睨みつけました。 

 

そのやり取りを聞いていた次男が、

 

「僕も見たいー僕も見たいー」

 

と泣き出しました。 早く寝かしつけたい私は、長男に、

 

「もーーーー、寝る時間なんだし早く貸してよ!」 

 

と怒りました。明らかに不服そうな長男は、怒りに任せて次男の顔に、

 

「はい、どうぞ!!!」

 

と漫画を投げつけたのです。次男がその漫画を読もうと本を開くと、 長男が、

 

「やっぱりそっち貸せよ」 

 

と次男に貸した漫画を奪い取りました。

 

次男が長男に漫画を渡し、別の漫画を読もうとするとまた長男は、

 

「やっぱりそっち貸せよ」 

 

と意地悪を言います。

 

そんな事を何度も何度も繰り返していました。

 

それを見ていた私は、

 

「もー、いい加減にしなって!」 

 

と長男を厄介だな、という目で見ても、長男は永遠に次男に漫画を読ませませんでした。 

 

次男は、悲しそうな目で私をずっと見ていました。

 

私は、長男にかなりきつい言い方で、

 

「ねー、何なの?減るわけじゃあるまいし、何で一つずつ読めないの?」

 

「あんたはどれだけ意地悪いの?」 

 

「あんた、何なの?」 

 

と長男の人格を否定し続けました。

 

・・・

 

昔から長男は、次男に自分の持ち物(と決めつけている物)を一切触らせませんでした。 

 

サイズアウトした服も「僕のだからダメ!」と言って下に回すことはできませんでした。 

 

とにかく面倒で、こだわりが強く、両親が神経を使う子と私はずっと長男に不満を抱いていました。  

 

・・・

 

その日は、私が何を言っても23時30分を過ぎても長男は電気を消さず、漫画を読み続けていました。

 

私は、皆が眠れないから、電気を消してほしい、と不快感を丸出しにして声を掛けましたが、長男は、

 

「電気を消したら僕が漫画をよめない、だから消さない」

 

と言い切りました。 私は、長男に、

 

「じゃー、別の部屋で読んでよ」 

 

とお願いしましたが、長男は、

 

「無理」 
 
と言って、意地でもその部屋の電気を消さずに漫画を読み続けました。

 

私は長男のその態度が不満で、不快でたまりませんでした。

 

別の日に、リビングで宿題をやっている時には、 

 

長男は、

 

「うるさい、全員あっちにいけ」

 

と言い、私が呆れて、

 

「あんたがあっち行けばいいじゃん、皆の場所だよ」

 

と言うと、長男は、

 

「無理」

 

とだけ言いました。 
 
 

冬にエアコンを低い温度でつけている長男に、 

 

「え、冬だよ!寒いんだけど!」 

 

と言えば、長男は、

 

「僕は暑い、何で僕の意見は聞いてもらえないの?」 

 

と言いエアコンを消してくれない。
 

いつも、どんな事でも長男は自分の要求が通るまで要求を言い続け、やり続けました。 
 

私は長男の事を、本当に自分の事しか見えていない、思いやりのない子と決めつけていました。

 

私はいつしか、怪物のような子を育てているような気分になり、長男にどう接する事が良いのか分からなくなっていました。 

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8 夏休み祖父母宅での出来事

8 夏休み祖父母宅での出来事

 

2021年8月

 

夏休み、私は長男の反抗的な態度への対応で、既に精神崩壊しそうな程疲れ切っていましたが、子どもたち3人を連れて私の実家の祖父母宅へ行きました。

 

大好きな祖父母と過ごせば、長男の気持ちは少しは落ち着くかな・・・、と期待していましたが長男のわがまま行動、無気力な態度は祖父母宅でも変わる事はありませんでした。

 

長男は元々は活発な子でしたが、祖父母宅での長男はソファから動かず、ずっとテレビを見ているだけでした。 

 

当時の私は子供はとにかく外で元気に走り回っていてほしい!と切に願っているような母親で、テレビばかり見ている子供たちの事が気に入らず、外に遊びに行くように促していました。

  

子供たちはゆっくりテレビを見ていたかったようで、私の声には無反応でずっとテレビを見ていました。

 

・・・

 

しばらくすると、私の友人とその子供たちが遊びに来てくれました。

 

子供たち同士は以前からよく遊んでいて、とても仲良しでした。 
 

下の子2人は、友人の子達が来ると喜び、私も一緒に祖父母宅から20mほどの、すぐ近くの公園へ行きました。

 

テレビを見ていた長男には「後からきてねー」と声をかけました。

 

しばらくの間外で遊んでいても、長男が全然家から出てこないので、私は長男を呼びに行きました。 長男に、

 

「~君待ってるよ」 

 

と言うと、長男は、無表情で少し頷きました。

 

だらだらしている事にイライラしがちな私は、長男のペースは無視して、しつこく何度も何度も、外へ行くように言いました。

 

長男は、何度言ってもその場から動かず、私の問いかけに無表情で頷くだけでした。

 

・・・

 

私は長男の子育てに悪戦苦闘していること、長男にどれ程神経を使い、育てるのが大変かを両親に愚痴っていました。 
 

私の両親は、

 

「何か疲れているんじゃない?」

 

「とにかく、長男のペースで動かしたらいいんじゃない」 

 

と長男をかばいました。その言葉を聞いた私は、

 

あー、また私の気持ちは分かってもらえないんだな・・・

 

と内心で思いながら、長男が異常なほどにマイペースな事、そんな長男と毎日過ごす事はとても疲れるという事を話し、

 

「私の大変さは貴方たちには絶対に分からない!」

 

と言わんばかりに、長男を強く否定しました。

 

・・・

 

祖父母宅から帰るその日は、家族でキャンプに行く予定でした。

 

私の中では9時には祖父母宅を出て、1時間半かかる自宅へ向かい、その後、キャンプの支度をしようと決めていました。 

 

全員が車に乗り、エンジンをかけて長男が車に乗るのを待っていましたが、どれほど声をかけても、長男は一向に車に乗りませんでした。 

 

長男はソファに吸い込まれるようにずっしりとソファに座り、ずっとテレビを見ていました。 

 

長男の異変に気が付いていて、優しく接していた方がきっと良い、と思っていた私は、

 

あの子のペースに合わせてしばらく待とう!と思っていて、長男に、

 

「見ているテレビのキリがついたら帰るよ!」

 

と声だけかけて長男が来るのを待っていました。

 

・・・

 

帰ってからキャンプの準備をしなくちゃ!と思っていた事、長男の反抗的な態度に対する日々のストレス、この子はどうなってしまったの?という不安、そんなマイナスな感情の蓄積で私のイライラはピークに達していました。 

 

玄関で私が長男を待っていると、内容は覚えていませんが、母親が何か私に言いました。

 

決して私を否定するような事ではなく、上手くいかない子育てに落ち込み、長男の態度にイライラいしている私を励ましてくれていたのだと思います。

 

気持ちに余裕の無い私は、なぜか母親のその言葉でストレススイッチが、完全にオンになりました。 
 

ストレススイッチが入ったまま、私は1時間以上長男を玄関で待ち続けました。

 

1時間ほどすると、やっと長男が体を引きずるようにして動き出しました。

 

長男は他の家族を待たせた事に謝罪はせず、待たせる事が当たり前かのように助手席に乗り込みました。 

 

私は、自分でも完全に理性を失いかけており、感情のコントロールが効かなくなっている事に気が付いていて、心の中で、今、私はきっと黙っていた方がいい、私が今長男に抱いている感情を、絶対に口に出してはいけない。

 

そう頭では考えるのですが、元々思っている事をすぐに相手に伝えてしまう性格の私はその感情を抑える事が出来ませんでした。

 

私は車に乗り込んだ長男に向かい、叫ぶように、

 

「あんたさー、いい加減にしなよ!」

 

と、怒鳴り散らしました。

 

長男は完全に顔が引きつっていましたが、そんな長男に向かい、私は意地悪で、

 

「今日のキャンプなしね」

 

と、言い追い打ちをかけました。長男は、泣き叫び、

 

「何で!?行く!!!」

 

と、泣いていましたが、私は怒りのままに、

 

「は!何言ってんの!?あんたのせいじゃん!」 

 

「あんたがもたもたもたもたしてるから、キャンプに行く時間に、間に合わないじゃん」 

 

と、長男が全て悪い!と思わせるような言い方で長男を責め続けました。長男は、泣きながら、

 

「行きたい!!!行きたい!!!」

 

と、叫んでいましたが、私はそれでも意地悪を言う事を止めずに、白けた感じで、

 

「行くわけないよね、バカなの?」

 

と、長男に向かって言い放ちました。長男は、なおも、

 

「行きたいーーーー。」

 

と、泣き叫び続けましたが、私は長男に向かい、とても嫌な言い方で、

 

「おじいちゃんも、おばあちゃんも、あんたのわがままさにびっくりしてたわ!」

 

「何あの子って言ってたわ!」

 

(実際は言っていません。優しく見守るように言われていました)

 

と、私は長男が傷つく言葉を選んで、探して、傷つけよう、傷つけよう、と酷い言葉を浴びせ続けたのです。

 

傷付ければ長男は悲しみ、良くない行動を改める、それが子育てなのだ、と信じていました。

 

・・・

 

帰り道の車内で、その言い合いは永遠に続き、私は運転しながら長男の服を掴み、 

 

「もー、何なの!何なの!何なの!何なの!」

 

「何が気に入らないの!ねー!ねー!!ねー!!!何が気に入らないのか聞いてるじゃん!」

 

「ねー!!!答えなよ!言いなって!」

 

「あんたなんて!・・・あんたなんて!」 

 

と長男を揺さぶってドアに何度も何度も叩きつけていました。 長男は、

 

「うーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」 

 

と唸りながら、目を吊り上げ、泣きながら、歯を食いしばって、小さな体で私に向かってきていました。 

 

完全に精神が崩壊して正気を失っている私は、叫んでいる状態で、主人に電話しました。 

 

主人に、いかに長男がわがままで、祖父母にも迷惑をかけたか、をギャンギャン泣き叫びながら訴えかけたのです。 

 

主人は、 

 

「あなたの今の精神状態は普通じゃないから、とりあえず車の運転をやめて!」

 

「一旦車を止めて!」 

 

「取り合えず落ち着いて、事故るよ!子供3人乗ってるから!」

 

「まずは車止めて!!今すぐ車止めて!!!そこから話を聞くから!!!!」

 

「分かったから!!!!!とにかく、今すぐ車止めろって!!!!!」 

 

と、電話越しに叫んでいました。 
 

 後ろに乗っていた次男と娘は静かにその風景を見ていたと思います。 

 

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7 夏休み前、姉に送っていたライン

7 夏休み前、私が姉に送っていたライン

 

 

2021年7月4日

私には姉が2人います、この時期私はその姉たちに、長男が驚くほど言う事聞かない事、主人にまで食ってかかり、噛みついたり暴れ回ったりする事、長男の反発が酷くて困り果てている事などを相談していました。

 

私自身も子供への接し方が良くない事は分かっていましたが、日々の忙しさを理由に、子供たちに優しく接する気持ちの余裕がない事を話すと、姉たちは、

 

「子供なんだから、たまには反抗するんじゃない?」 
 

と言っていました。

 

私はラインで姉たちに、

 

「長男の酷い反抗は毎日だよ!」

 

「これくらいの年齢の子だと中間反抗期ってあるの?こんなに酷いの?正常の子供とは思えない」

 

「家族がリビングで話をしているだけで、長男が、


 

『てめーら うるせーんだよ!黙れ!』 


 

『テレビ見てるんだよ、お前ら全員うるさくて聞こえん!別の部屋行け!』

 

と、言ってくる事。

 

毎日毎日馬乗りで殴り合いの兄弟喧嘩をしている事。

 


など、とにかく長男の異常行動の酷さを理解してもらおうと、長男の悪い部分を姉たちに伝え続けました。更に私は、

 

「3人産んだけど私はやっぱり子供は好きじゃない!それが子供に伝わっているんだ!」

 

「全然可愛くない!子供なんて煩わしいのみ!」 

 

と、長男の不満をぶちまけ、酷い言葉を言い続けていました。姉は、

 

「いくつになっても我が子は可愛いものだよ!」 
 

と、私の気持ちを聞きながらもはげましてくれていましたが、私は、【子供がかわいい】と言う気持ちを理解できず、

 

「ほんとに可愛いの?可愛いという感情が本当にないんだけど・・・」

 

「【我が子 かわいくない】で何回もネットで検索しちゃってる」   

 

「調べていくと結構いるよ、我が子を愛せない親!」 

 

「産んだんだし、育てなきゃ無責任だし、可愛がらないのは子供が可哀そうだとは思うけど、どうしても可愛くないって思ってしまう」

 

「産む前に自分がそんな気持ちになる事を分かっていればよかったけど、産まなきゃ分からない事だよね」

 

「私は子供無理!」 

 

「長男に私のそんな気持ちが伝わって、悲しくて暴れまくるんじゃないかなって思えてきた」

 

「この前、長男に『お母さんは、僕が嫌い!気持ちが見える』って!」 言われたんだよね、、、」

 

と長男が聞いたらとても悲しむであろう内容のラインを姉達に送っていました。

 

・・・
 
 

 2021月7月22 
 


そんな気持ちで毎日長男に接していると、長男はどんどんと、どけとげしい子になっていきました。

 

ある日、長男が料理を作っていて、主人が長男が使おうとしていたまな板を先に使ってしまった時の出来事です。 

 

先に長男が使っていたまな板を主人が使ってしまい、長男が、

 

「僕が使っているのに!」

 

と怒り出し、主人に向かって、

 

「あいつが使いやがった!」

 

「俺がやろうとしてるのに!」 

 

とキレて泣きじゃくっていました。主人を指さして、

 

「あいつは自己中」

 

「邪魔」 

 

「うわーーーーーー」

 

と言い、暴れだしたのです。

 

そもそもが長男が料理を始めた理由は、私と長男とで言い合いになり、文句ばかり言う長男に自分でご飯を作る様に私が言った事が、事の始まりでした。

 

そんな長男の態度を横で見ていた主人が、長男のその態度にキレて、手に持っていた食材を床に投げつけていました。 

 

私は毎日繰り返される、この訳のわからない長男の反抗的態度に疲れ果てていて、2人の争いを白けて無視していました。 

 

家庭内の空気は張り詰めていて、とても嫌な雰囲気になっていました。 
 

当時私は姉にラインで、長男への想いを伝えていました。

 
・性格が悪い 

 

・捻くれてる 

 

・あいつ、やばい 

 

・バカすぎる 

 

・うんざり 

 

・全く我慢しない

 

・私との相性が悪い

 

・全然可愛くない!

 

・親って疲れる 

 

・子育て辛すぎる 


 
などと、長男に対し悪態をつきまくっていたのです。 
 


 

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6 行き渋り前の数か月間の出来事②

6 行き渋りまでの数か月の出来事②

 

 2021年8月

 

猛暑の夏休み、所属しているスポーツ少年団のサッカーの試合がありました。

 

長男も私も6月頃からの心のすれ違いと毎日のぶつかり合いで心がすり減っていました。

 

サッカーの試合中、幼い下の2人を直射日光の照りつける中待たせる事は心配だったこともあり、私は下の子たちを実家に預けました。

 

下2人を実家に預け、私と2人きりになると、長男は何もわがままを言わず穏やかで優しく、2人でご飯を食べに行くと楽しそう話を沢山してくれて、とても仲良く過ごすことができました。 
 

その日は、夕方から私の友人が子供を連れて家にお泊りに来て、 長男は友人が連れてきていた幼い子どもととても穏やかに優しく遊んでくれていたので、私の友人が、

 

「長男君、優しすぎるね」

 

「なんていい子なの!凄い優しい!」

 

と言ってくれたことを覚えています。

 

 私は長男の激しい反発への解決策を見つけ出すことができず、毎日インターネットで、

 

【9歳の壁】

【10歳の壁】

【プレ反抗期】

【反抗的な態度になる】

 

そんなワードを検索し、

 

え?この反抗は普通なの?

 

この記事にかいてある9歳の壁なの?

 

9歳の壁なら一時的なものなんだよね?

 

と自分を安心させようと、安心出来るような記事を必死に探して読んでいました。

 

数日後の別のサッカーの大会の日、サッカーが上手な長男は、人数調整で3年枠ではなく、4年枠で出ることになりました。 

 

長男は、

 

「嫌だ!嫌だ!3年がいい!!!4年なら出たくない!」 

 

と泣きそうになっていて私は長男に、

 

「そりゃ、3年枠で出たいよねー」

 

「次からは3年枠にしてってコーチに頼んでみたら?」

 

と軽い感じで長男に言いました。

 

試合当日、会場で別の小学校へ行った何人かの幼稚園時代のママに会いました。

 

試合前の空き時間、私はそのママたちに、

 

「~君、反抗してこない?うちやばいよ!半端ない!これ9歳の壁なの?皆そうなの?」 

 

「もーーー、滅入るよ」

 

と、長男が私の横にいる事を気にもせず聞いていていました。

 

試合が始まり、長男はコーチの指示を聞かず、フィールドの上でほとんどプレーをせずにただ呆然と突っ立っていました。

 

 その姿を見ていた主人も私も、

 

「あーあ、ついに、コーチの言うことも、聞かなくなったね」

 

「あの子、4年枠が嫌だからだよね、嫌なこと、本当にしないよね」

 

「困ったもんだよね」

 

と、呆れていました。 
  
 

その頃から長男は全ての行動において異常にに時間がかかるようになっていきました。

 

顔つきはいつも険しく、目が吊り上がり、扱い辛く、周りに気を使わせる行動が増えていきました。

 

昔から長男を難しい子だな、と思っていた私は、

 

「あー、でたでた、まただ」

 

と呆れていて、私の長男に対する苛立ちは加速していきました。

 

私の中に、日に日にわがままになる長男に厳しくしなければ、もっと躾けなければ、という親としての想いと、

 

いい加減にしてよ!どれだけ面倒くさい子なの!という怒りの感情が混在し、頭の中も気持ちもぐちゃぐちゃになっていました。

 

そんな思いを私は隠しもせずに長男にぶつけ、長男とぶつかる回数がどんどん増えていきました。 
 

 

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5 行き渋り前の数か月間の出来事①

5 行き渋り前の数か月間の出来事①

 

 

2021.6月頃から、長男と私の関係は、日に日に悪くなっていきました。 

 

それと同時期、長男は元々几帳面で4月には丁寧に書いていた連絡帳の文字が、6月には読むことが難しいほどにぐちゃぐちゃな殴り書きに代わっていました。 

 

この頃、私は、長男に対してこんな感情を抱いていました。

 

・何でこんなに言う事を聞かないのだろう 

 

・何でこんなに弟を虐めるのだろう 

 

・何でこんなに暴力的なのだろう 

 

・何でこんなに自分、自分なのだろう 

 

・何でこんなにマイペースなのだろう 

 

・何で全て自分優先じゃなきゃいけないのだろう 

 

・何で人を優先できないのだろう(家族のみ友人には優しい) 

 

・何でこんなにこだわりが強いのだろう 

 

・なんてわがままなのだろう 

 

・なんてかわいくないのだろう 

 

・私との相性が悪い 

 

・私と合わない 

 

・何て難しくて育てにくい子なのだろう 

 

何で、何で、何で、何で、何で。

 

私は長男を【こうゆう子】と思い込んでいました。

 

【こうゆう子】を!躾けなきゃ!叱らなきゃ!正さなきゃ!と思っていました。 

 

誰に相談しても、どこに相談に行っても、適格なアドバイスは得られませんでした。 

 

「躾けていきましょう」

 

「言い聞かせていきましょう」

 

皆同じ、そんな感じのアドバイスだったと思います。 

 

そのうち私は、長男と喧嘩をすると、長男だけを家において、下2人と出かけるようになりました。 

 

長男も意地になり、

 

「行かない!」

 

と言い、私も本当に長男をおいて出かけてしまいました。 

 

私は長男に聞こえるように下の子達に、

 

「行こ、行こ、早く行こ」

 

と、わざと彼が孤独を感じるような話し方をして出かけていました。

 

突き放せば長男は悲しみ、反省し、反抗をやめる!と思っていました。

 

もうこの子をどう躾たら良いのか分からない!

 

と、思っていた私は、長男を突き放し、傷つける事ばかりしていました。 

 

そんな日々を過ごす中、長男が家の棚にあったお金を持ち出しました。

 

4000円程なのですが、8歳児にとっては大金です。

 

私がそれに気が付いたのは、長男の筆箱の中に、10本以上のマーカーペン、電動式鉛筆削り等、見た事のない文房具が沢山入っていたからです。 

 

それを見つけた私は長男に尋ねました。

 

会話は覚えていませんが、確かこんな感じです。 私は、見つけた文房具を長男に見せ、

 

「これ何?」 

 

と、聞きました。長男は私を視界に入れず、顔を引き攣らせ、ずっと黙っていました。それでも私は諦めず、長男に、

 

「ねー、何って聞いてるじゃん」 

 

と、問いただし続けました。

 

長男は私を無視し、テレビを一点集中で見ていました。
 

その日は主人も家にいたので、私は主人に向かって、

 

「ねー、この子、ついに、お金盗んだんだけど、ありえないんだけど」

 

「こんな事許していいの?ダメじゃない?」

 

言う事を聞かない問題児の長男が、ついにお金まで盗んだ!どーなってるんだ!と言わんばかりに主人に言い、主人は長男と何か話しはじめました。

 

確か、嘘はいけないから、正直に話して、とかそんな話でした。

 

私はその時、長男がなぜお金を持ち出したのか、欲しいならなぜ買ってと私に言わなかったのか、等をきつく問いただしました。

 

私の表情は、

 

「あんた、何やってんの?」

 

「人として終わってるよね」

 

と言わんばかりの、愛の無い、責め立てるような表情だったと思います。

 

私は長男の悪い行為を、さらに自信を無くす様な口調で叱り(怒り)責めました。

 

言い訳、言い分は聞きませんでした。

 

長男も私にお金を盗んだ理由を話しませんでした。

 

夏休みに入り、長男の異変はより一層加速していきます。
 

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4 不登校予備軍な出来事

4 不登校予備軍な出来事

 

 

長男が生まれてから【完全不登校】になる前まで、振返れば、不登校予備軍だったな、と思われる出来事がいくつかありました。 
 

 

2017年 年中(4歳)の秋 

 

長男は突然、

 

「僕、幼稚園に行かない!」

 

と寝る前に寝室で泣き始めました。 

 


はじめは、まだ長男は4歳で小さいし、行きたくない時もあるよね、と思っていました。

 

それでも私は、体調が悪くもないのに幼稚園を休ませて、長男と次男を1日中1人で面倒を見るのは大変なので、

 

『なんとか幼稚園に行ってほしいな』

 

と思っていて、正門で立ち止まる長男の手を引っ張り、何とか幼稚園へ登園させていました。

 

泣いている幼稚園児はちらほらいました。先生も、

 

「みんな泣く時期がありますよ」

 

「みんなが通る道だよね、ママがいいよね」

 

と言い、

 

「お母さん、皆泣くから心配しないで大丈夫ですよ」

 

と長男を教室へ連れて行ってくれました。

 

長男は振り返って不安そうな目で私を見つめていました。

 

そのうち元気に行き始めるだろうと思っていましたが、長男は2週間ほど毎日毎日寝る前に、

 

「行きたくない!」

 

と泣き続けました。

 

あまりに泣くので、何か原因があるのではないか?と先生に相談しました。

 

先生は、

 

「長男くん、【年長さんを送る会】でセリフを言う役なのですよ」

 

「お遊戯会の参加も得意ではないし、もしかしたらそれがストレスなのかもしれませんね」

 

と言われ、私は、原因が分かって良かったな、と安心しました。 
 

 

 

2019年 小1(7歳)の冬 

 

今回ブログを始める時に、私はいつも不登校相談をしていた姉との昔のラインのやり取りを読み返していました。

 

その中にこんな文章がありました。

 

姉:

「長男、落ち着いた?」 

 

私:

「声のかけ方を優しくして、叱り方を変えたら落ち着いてきたよ」

「でも1年生とは思えないような反抗で、旦那さんも「なんなの?長男どうしたの」って言ってた」 

 

姉:

「構ってほしいのかな?」 

 

私:

「さみしいの?不安なの?」 

 

姉:

「母親の気を引きたいんじゃない?構ってほしいんじゃないの?」

 
私:

「なんかのSOSなのかな?」

 

「何かが不満で反抗しているの?」

 

「もしそうなら、小さいうちにSOS出してくれて良かったのか・・・」 

 

長男の反抗が酷くなったこの時期、私は長男に、優しくしよう、優しくしよう、と思っていました。

 

それでも、私自身に染み付いている間違った子育て法は、長期的に劇的に変化しませんでした。 
 
 

 少しの期間優しくして、長男が安定し始めると、私はまたすぐに、厳しい話し方で長男に接するようになりました。

 

・・・

 

反抗が激しかった時期とは別の時期の1年生の冬、長男は体が動かなくなり学校へ行けない時がありました。

 

朝学校へ行こうとするのですが体を引きずり、起き上がれず、本当に動けないようでした。

 

体調不良の症状はありませんでした。

 

私に説得され、長男は結局遅刻して学校へ行きました。 
 

担任の先生に事情を話すと、担任の先生が、

 

「長男さん、今日お昼の放送、当番なんですよ」

 

「みんなが聞いているお昼の放送でお話するんです」 

 

「もしかして、それが不安だった?」

 

と、長男に尋ねていました。

 


長男は、

 

「うん・・・」

 

と頷き、

 

「何のじゃんけんしてるのか知らなくて、皆のじゃんけんに入ったら、勝っちゃっただけ・・・」

 

「本当は放送になんて出たくない」 

 

「僕はとても不安で、学校へは行きたくなかった」

 

と話していました。 

 

その時も私は、

 

『あー、原因が分かってよかった、この子は人前で何かをするのが嫌な時、学校へ行きたくなくなるんだな』

 

と原因が分かった事で少し安心しました。

 

・・・

 

2020年 小2(8歳)の冬 

 

小2の冬、長男は長期で体調を崩しました。 

 

体調不良があまりにも長いのでメモを取る事にし、治らないので小児科へ連れて行きました。 

 

以下は当時のメモです。 

 

当時のメモ
 
【メモの内容】 

 

・2/22 朝元気、公園で10時から4時まで遊ぶ

・夕方から、猛烈なだるさで立てない

・24.25.26 元気だが、だるさがあり目元が体調不良時の様子なので、学校を休ませました 

・風邪症状無だが、いつも絶対に昼間寝ない子が、16時から22時まで寝て、食事後22時半から朝まで寝ました 

・24日はおねしょをしました

・ここ数年、一度もありません 

・27.28 元気?いつもよりは、体が重い様子だが、風邪症状なし

・箸を持てないほどに、手に力が入らないと言う 

・3/1.2 特に気になる点なし

・3/3 喉の痛みが出だす 

・3/4.5 咳、鼻詰まり、痰 

・3/6.7.8 耳鼻科受診 抗生剤処方してもらう 

・3/9 夕方急に動きが止まり、頭が痛い動けないと言う 

・10.11.12 

・3/13.14 下痢気味 

・朝8時からスポ少のサッカーへ行く予定だったが、身体が動かないと言う

・今まで一度もありません

・自転車に乗れず、漕げずに何度か転倒しました 

・とてもサッカーができない、と言うので休ませました

・学校を休んだので、さぼり癖かな?とか色々考 えましたが様子が少し違います

・その後、10時から元気になりました 

・体中が痛くて重いようです 

・夕方様子を聞くと、頭を後ろに傾けると、首のあたりなのか頭なのかが、とても痛いと言っていました

・通常はとても活発で、ずっと運動しているような子です 

・今も常に元気なのですが、急にだるさ、手足も力が全く入らない、等の症状があるようです

・元気になったり、動かなかったりを、1か月ほど、繰り返しています 
 

 

調子が悪くなる前、長男は毎日二重跳びを80回以上連続で跳び、頭に酸素がいかなくなったりしていないか、何か発見しにくい病気じゃないか等、心配です。

 

1か月、様子を見ましたが、だるさ、手足の力が抜けるのが治らないので、大きな病院で精密検査したいです。 
 

 

以上がメモに残っていた私の走り書きです。
 
 
子供のメンタルの知識のある小児科医ならば、この時点でメンタル不調に気が付くはずです。

 

この病院ではメンタル不調の可能性すら指摘されず、長男のメンタル不調は発見されませんでした。

 

 小児科医は、

 

「性格が急変していますよね」

 

「そんな事はおかしいから、脳に何か腫瘍ができているかもしれませんね」

 

「その腫瘍が脳の何かの機関を刺激して、性格が変わっているかもしれません」

 

「大きな病院で、MRIを撮りましょう!」

 

と総合病院の紹介状を書いてくれました。

 

・・・

 

 私自身も不調があれば病院に連れて行く、そこで言われたことが全てである、という認識で子育てしており、長男のメンタル不調の早期発見には至りませんでした。

 

そのまま春休みに入りました。

 

その後、私が長男の体調不良の事をすっかり忘れてしまうほど、長男は元気な姿に戻りました。

 

しかし、長男は2か月ほど経過した6月あたりから、驚く程情緒が乱れ、反抗的になり、荒れ始めたのです。 

 

 

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3 完全不登校までの42日間の事①

3 完全不登校までの42日間の事①

 

 2021年9月2日(行き渋る)

 

 学校へ行く時間になると、長男は無理難題を言い始めました。長男が、

 

「お母さんが『ご飯をソファで食べて良い』と言わなかったから、僕は今日学校を休む」

 

と言うのです。

  

私は、内心では、どうしよう、どうしよう、と思いながら、

 

「分かったお休みね!」

 

と言い、頑張って学校へ行かせようとはしない素振りをしました。

 

すると出発10分前、長男は、

 

「まだ、学校って間に合うの?」

 

と私に聞き、ゆっくりと学校の準備をし、学校へ向かいました。

 

・・・

 

2021月9月3日(学校へ行く)

 

長男は通常通り朝起きて、通常通りに学校へ行きました。

 

視線を足元に落とし、下を向き元気はありませんでした。

 

・・・

 

2021年9月4日(休日)

 

※我が家はこの時点でゲーム類を一切与えていませんでした。

 

YouTubeも知らなかったと思います。

 

その件に関しては後に記入します。

 

・・・

 

 ゲームの無い我が家でしたが、この日【VRシューティング】を購入する事になりました。

 

初めてのデジタルのおもちゃが手に入る事で長男はとてもご機嫌でした。

 

 私はご機嫌な長男に向かって、

 

「お母さんは、あなたの事を全く信用していないから、ゲーム時間を守れるとは思っていないから、約束事を紙に書いておいて」

 

「お母さんの字だと、僕は言ってないとか言いそうだから、あなたの字で書いてよ」

 

とゲームを楽しみにして機嫌の良かった長男に言いました。

 

見るからに不機嫌になった長男は、ふてくされながら紙に約束事を書いていました。

 

私は当時、デジタルな事に対して異常な程に強い不安感と嫌悪感を持っていました。

 

・・・

 

 その日、私は次男と2人で次男のランドセルを購入しに行きました。

 

私は何かにつけて長男に文句を言われる事をとても恐れており、長男と同じランドセルを選ぼうとする次男に、

 

「お兄ちゃんと同じのだけはやめて、お兄ちゃんが絶対文句言うよ!面倒な事になるから、お願いだから、別のにして」

 

と頼みました。

 

 私は新1年生になる次男がワクワクしながら買うランドセルの種類ですら、長男にケチをつけられることを恐れ、次男を我慢させようとしていました。

 

私は次男の気持ちを大切にする事よりも、とにかく長男に面倒なことを言われたくない!

 

あの子に何か言われる事は本当に嫌だ、そんな事ばかり考えるほど、長男との関係は悪くなっていました。

 

長男に対して腫れ物に触るような、厄介者のような感情を常に抱いていました。

 

・・・

 

2021年9月5日(休日)

 

長男、次男、娘を連れて友人達と公園へ行きました。

 

みんな赤ちゃんの頃から知っている幼馴染です。

 

長男の事をよく知っている1人のママが、遅れて公園に来た長男の表情を見て、

 

「あれ、長男君、本当に遊びたくて公園来てる?凄いテンション低くない?」

 

と私に聞いていました。

 

その日、長男は泥まみれで遊んでいましたが、家に帰りお風呂に入るように言うと、

 

「お風呂は嫌!」

 

「絶対に入らない!」

 

と言い、汚い服のまま、お風呂にも入らず、長男は眠りにつきました。

 

 ・・・

 

この頃の長男はほとんど笑わなくなっていました。

 

・・・

 

2021年9月6日(休む)

 

長男は朝起きましたが、学校へは行きませんでした。

 

 長男は、

 

「お母さんが早く起こしたから、僕は学校へ行かない」

 

「明日からお母さんが朝7時5分より1秒でも早く起こしたら、絶対に学校へは行かない」

 

「僕が学校へ行かないのはお母さんのせいです、残念でした」

 

と言っていました。

 

・・・

 

2021年9月7日(学校へ行く)

 

長男は通常通りに学校へ行き、私には楽しそうに帰って来たように見えました。

 

長男は、妹(2歳)のお世話を進んでしてくれて、とても優しいお兄ちゃんでした。

 

その日は私に、やたらと抱き着いてきました。

 

私は、長男を抱きしめる事が苦手でした。

 

抱き着いてくる長男を抱きしめ返したりはしませんでした。

 

・・・

 

2021.9.8(学校へ行く、習い事行かない)

 

原因はわかりませんは、この日の長男は機嫌が悪く私と軽い言い合いになりました。

 

長男は喧嘩をした私に反抗するかのように、夜12時近くになっても意地でも寝ようとはしませんでした。

 

・・・

 

2021.9.9(休む)

 

長男が朝7時5分に自分で起きてきました。

 

朝食を食べ、7時45分までは学校へ行く気でいる様子でした。

 

そんな長男が出発直前に急な腹痛を訴えました。

 

その後、数回トイレに駆け込み、何度もお腹を下し、トイレから出てこられずに、学校をお休みしました。

 

午後には元気になり、今から行けばいいのに、と私は思っていました。

 

・・・

 

学校を休んだこの日、長男は私にこう言いました。

 

「お母さんは子供が嫌いだよね」

 

「顔を見ていれば分かるよ」

 

「お母さんは僕を信用していない」

 

長男の言葉を聞いて私が、

 

「え・・・信用しているよ」

 

と言っても、長男は、

 

「いや、僕は信じない、絶対に信用していない」

 

と言い切りました。

 

 この日も長男はなぜか、夜10時を過ぎるとテレビを見始めました。

 

 両親が、

 

「もう寝る時間だよ、寝ようね」

 

と声をかけても全くの無反応でした。

 

長男を残し家族全員が寝室で寝ていると、1時間ほど後に長男は自ら寝室にきました。

 

電気を消して全員が寝ている部屋で、わざわざ1番明るい電気をつけて、漫画を読みはじめました。

 

家族全員寝ている寝室で、長男はわざと不自然に大きな声で笑っていたので、

 

私は、

 

「下の子が起きるから、静かにしてね」

 

とお願いしましたが長男は無反応でした。

 

「ごめんね、お願い」

 

と私が長男を諭しましたが、諭せば諭すほど一層大きな声で不自然に笑って漫画を読んでいました。

 

私はもう、どう対応したらよいのか分かりませんでした。

 

・・・

 

当時私は日記に走り書きで、こんな事を書いていました。

 

・長男は話を聞いて欲しがってる?

 

・お母さん、僕を見て?と言ってる?

 

・長男と覚悟を決めて、向き合おう!

 

・自分が言われて嬉しい言葉だけ言おう!

 

・私が強くなろう!

 

・この子は大丈夫、と信じよう!

 

・長男には幸せで、いい子になってほしい!

 

・あの子を突き放さず「愛している、大切だ」の気持ちを常に心に留めて関わろう!

 

そんな事を思っていたけれど、下に6歳と2歳の子供がいる私は、長男にしっかり愛情をかけることが、なかなか上手に出来ませんでした。

 

心配しながら、何でこの子はこんなにも私を困らすのだろう?と困り果てていました。

 

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2 夏休み明け前日の夜の出来事

2 夏休み明け前日の夜の出来事

 

 

2021.8.31

 

夏休み最終日の夜、長男は突然、

 

「僕、明日学校へは絶対行かない!」

 

と、言いだしました。

 

【不登校】という言葉すら知らなかった私は、

 

「40日間もお休みだったのに何を言ってるの?」

 

と、素気なく言ったような記憶があります。

 

・・・

 

長男は眠りにつく迄の10分くらい、ずっと私に、

 

「明日は学校へ行かない」

 

「絶対に行かない」

 

「絶対に行かないからね!」

 

と言い続けました。

 

寝室でそれを聞いていた私は、

 

{あー、怠け癖ー、夏休みボケー}

 

くらいに思ってました。

 

私は長男の訴えを全く重く受け止めてはいませんでした。

 

長男は生まれてから今まで、悲しい、辛い、苦しいと泣いて訴えることをあまりする子ではありませんでした。

 

威勢を張って相手を威嚇し、自分を守る、そんなタイプの子でした。

 

「学校を休む」

 

「学校を休む」

 

と言い続ける長男の訴えを私は、

 

相変わらず、本当にわがままな子だな、とイライラしながら聞いていました。

  

・・・

 

そして、一夜明けた、2021年9月1日、朝起こすと長男は、

 

「昨日の夜、僕行かないって言ったじゃん!」

 

と言い、起きてきませんでした。

 

私は、何甘ったれてるの?というオーラを出しながら、長男を起こし、その日はなんとか学校へ行かせました。

 

その日を境に長男は、行き渋る、休む、泣きわめく、暴れる等様々な異常行動を始めたのです。

 

そして、1か月半程過ぎた、2021年10月13日から、長男は1年半もの間、【完全不登校】になりました。

 

【完全不登校】になるまでの1日1日をこの後詳しく記入していきます。

 

行き渋りを記録していた表

 

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1 はじめに

1 はじめに

 

これは、8歳の長男が、ある日突然不登校になり、芋づる式に、6歳の次男も、ゲーム依存に陥った我が家の、母と息子達の克服迄の成長日記です。

 

一年半の、地を這うような期間を経て、現在10歳になった長男は、毎日学校へ行き、帰ってからは、暗くなるまでキラキラしながら泥まみれで遊んでいます。

 

自信がなく、死んだ魚のような目をしていた6歳の次男は、8歳になり、苦手だった集団生活も克服し始め、自信を持って様々な事に挑戦したがるようになりました。

 

 

何よりも、母である私が、自分自身と向き合い、成長させてもらった一年半のお話です。

 

我が家で本当に起こった出来事を、ただただ淡々と、書き記していこうと思います。

 

 

もし今、お子様が不登校で苦しんでいる、児童精神科で、発達障害の診断名をもらい途方にくれている、または子供が反抗的で困っている方

 

私のブログを見て、親子は必ず再生できるのだ!と少しでも希望を持っていただけたらと思います。

 

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